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読書
2009 - 01/10 [Sat] - 00:26
まいど奇想コレクションシリーズでやんす。今回は女流SFの先駆者、ゼナ・ヘンダースン。
ヘンダースンはもともと小学校の先生だったこともあり、先生の立場から見た子供達を描くことが多い。作品全てに子供達への愛に溢れており、世の先生方はぜひ読んでいただきたい。
作風としては、普通の状況に異物が乱入するズレみたいなものをテーマにすることが多い。発想法として僕もよくこういうパターンの話を作ることが多いので、なんだか親近感が湧いてしまった。
「いちばん近い学校」はその分かりやすい典型的な作品。ある平凡な学校に、なんだかよく分からないものが転校してくる。その理由は「いちばん近いから」。その転校してくるものは紫色のフワフワしたもの、と一人称の主観で描写してあるが、はっきりとした記述や、何者であるかは述べられない。だから、面白い。
描かれないことで読者に自由なイメージを持たせ、自分だけの異物を想像させる。詳しく述べられたら、異物として賛否両論起こるだろうが、描かれないからこそそれぞれの究極の異物であることができる。こういうのは小説でしか出来ないトリック。
それを見た普通の人々とのギャップも面白いし、最後にちょっと叙情的になるのも素敵。ちなみに僕にとってのこの異物は、なんだかバックベアードみたいな気がした。
表題作「ページをめくれば」は不思議な先生の話。作中のエボー先生は生徒達を色んなおとぎ話の生き物に変え、実際におとぎ話を体験させてくれる。そんな不思議な思い出を、子供達は大きくなるにつれて忘れてしまうのだ。
小さい頃に読んだたくさんの御伽噺。僕達は大きくなるにつれ、それを忘れ、軽んじ、馬鹿にするようになる。だけど、どうして?
そこには時がたっても忘れてはいけない純度の高いキラメキがいつまでも転がっているのに。
エボー先生は学校を去るときに言う「忘れないで!ページをめくることを!」
ページをめくることを忘れても、僕達は何も失わない。けれど、何かとても大切な何かを失うだろう。
そこにはロマンがある。愛がある。希望がある。
ページをめくることを忘れてはいけない。
だから僕は今日も本を手に取る。 明日も 明後日も いつまでも
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まいど奇想コレクションシリーズでやんす。今回は女流SFの先駆者、ゼナ・ヘンダースン。
ヘンダースンはもともと小学校の先生だったこともあり、先生の立場から見た子供達を描くことが多い。作品全てに子供達への愛に溢れており、世の先生方はぜひ読んでいただきたい。
作風としては、普通の状況に異物が乱入するズレみたいなものをテーマにすることが多い。発想法として僕もよくこういうパターンの話を作ることが多いので、なんだか親近感が湧いてしまった。
「いちばん近い学校」はその分かりやすい典型的な作品。ある平凡な学校に、なんだかよく分からないものが転校してくる。その理由は「いちばん近いから」。その転校してくるものは紫色のフワフワしたもの、と一人称の主観で描写してあるが、はっきりとした記述や、何者であるかは述べられない。だから、面白い。
描かれないことで読者に自由なイメージを持たせ、自分だけの異物を想像させる。詳しく述べられたら、異物として賛否両論起こるだろうが、描かれないからこそそれぞれの究極の異物であることができる。こういうのは小説でしか出来ないトリック。
それを見た普通の人々とのギャップも面白いし、最後にちょっと叙情的になるのも素敵。ちなみに僕にとってのこの異物は、なんだかバックベアードみたいな気がした。
表題作「ページをめくれば」は不思議な先生の話。作中のエボー先生は生徒達を色んなおとぎ話の生き物に変え、実際におとぎ話を体験させてくれる。そんな不思議な思い出を、子供達は大きくなるにつれて忘れてしまうのだ。
小さい頃に読んだたくさんの御伽噺。僕達は大きくなるにつれ、それを忘れ、軽んじ、馬鹿にするようになる。だけど、どうして?
そこには時がたっても忘れてはいけない純度の高いキラメキがいつまでも転がっているのに。
エボー先生は学校を去るときに言う「忘れないで!ページをめくることを!」
ページをめくることを忘れても、僕達は何も失わない。けれど、何かとても大切な何かを失うだろう。
そこにはロマンがある。愛がある。希望がある。
ページをめくることを忘れてはいけない。
だから僕は今日も本を手に取る。 明日も 明後日も いつまでも
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