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読書とギターとブログと |2009年09月
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読書

世紀末・性のワンダーランド―日本の超変態系性現象 (河出文庫)世紀末・性のワンダーランド―日本の超変態系性現象 (河出文庫)
(1998/01)
矢切 隆之

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こないだの「アダルト系」と一緒に古本屋で買っていた本。こういう本を買うのって、子供のころに雨でページが張り付いたエロ本を拾った時や、普通の映画に挟んでAVを借りた時のような、なんだかとても恥ずかしく甘酸っぱいドキドキが味わえて、なんだか嬉しくなってしまいます。


 題名が題名なので、それはもう品のないアングラでエログロな本を期待して、またそう予想していたんだけれども、実際はただアダルト系の単語を解説しているだけの本。なんか、中学生が辞書で卑猥な単語を調べてむふふとしているような恥ずかしさしか感じなくて、読んでいて情けなくなってしまった。
 また、発行が97年なため、内容が全体的に古い。10年もたてば、社会もエロ市場も変化しているのです。
 まぁでも、縛り方のパターンを紹介してたり、項目に「切腹」など謎な項目があったり、確かにタイトルどおりワンダーランドではあった。

 どうせ項目別に分けるならば、いっそ辞書のように字引をつけてデータベース化すればいいのに、と思った。
 それにしても、こんなトンデモ本まで出しているとは、さすがは河出書房。
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読書

みだれ撃ち涜書ノート (1979年)みだれ撃ち涜書ノート (1979年)
(1979/12)
筒井 康隆

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 趣味を仕事にすることが果たして幸せなことなのかどうか僕には分かりません。ただ、分かっていることは、おそらく僕のその悩みはとても贅沢な悩みなのだろう、ということです。


 筒井センセが「奇想天外」に連載していた書評をまとめた本。自分もいちおう書評の練習をしている身として、参考になるかなと思い買ってみた。
 まず、何が違うって、圧倒的なまでのウイットのセンスの違いに打ちひしがれる。これはもはや努力の域とかの問題ではない問題に直面してしまい、なんというか飛んでいると思っていたカエルが鳥を見て「あれ、俺ってもしかして全然飛べてなくね? ていうかあんなんムリじゃん」とうらめしげに水かきを見つめるそんな哀切をたっぷりと味わさせられてもうお腹いっぱい。
 やはり僕は原稿を書くよりも、原稿をいただく方が似合っているのである。けっ

 書評本としては随一
 

読書

なんといふ空なんといふ空
(2001/05)
最相 葉月

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 最相さんといえば、「星新一 一〇〇一話をつくった人」で星雲賞を受賞したのがまだ記憶に新しい。星さんの人知れぬ苦悩や葛藤、また作品の着想まで、様々な視点からあらゆる星新一を描き出した本で、一人の星ファンとして激しい感銘を受けさせられた。
 そんな最相さんの初エッセイ。


 まぁ、なんというか、とりたてて褒めることも貶すこともない、手堅く無難な、つまり普通のエッセイ。
 時間つぶしと気分転換以外の何者でもないエッセイ。
 
 以上

読書

二人がここにいる不思議 (新潮文庫)二人がここにいる不思議 (新潮文庫)
(1999/12)
レイ ブラッドベリ

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 ホームランバッターは僕達を魅了する。彼らのバットが乾いた爆発音とともにボールをはじき返し、白球が闇夜に停止する、その一瞬に魅了される。
 だが、違う。それだけではない。彼らが本当にスターたりえるのは、彼らのバットが空を切っても、そのスイングで、その豪快なスイングで観客を魅了できるからなのだ。だから彼らは美しく、気高い。


 ブラッドベリは偉大な作家だ。だが、彼の打率は決して高くない。わりあい空振りする。
 だが、彼の三振には心地よさが漂う。爽快感すら与える彼の三振には、思わず笑みすらこぼれる。だからこそ、時々大当たりするホームランはもっと、気持ちが良いし、心を打つのだ。


 この作品でのブラッドベリの打率は2割くらい。決して高くはないが、ブラッドベリの大振りだったら、まぁいいかと思ってしまう。ホームランだろうが、三振だろうが、そのスイングの風きり音に、ブラッドベリの素晴らしさがあるのだから。

読書

アダルト系 (ちくま文庫)アダルト系 (ちくま文庫)
(2001/09)
永江 朗

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なんとかなる、としか言えぬ自分が悔しいが、それ以外に語る言葉も見つからない。そのための明確な手段がなければ、神仏の加護と運を信じて、なんとかするしかないのである。あんがい、なんとかなるものだと僕は信じている。


 アダルトに関することーエロから盗聴とかアングラなことに関してのルポ。まぁ読み物としてそこそこ楽しめたのだが、250円分の価値があったのかどうかは難しいところではある。
 というか、こういう本に興奮できなくなった自分が少し悲しかった。

読書

ネットカフェ難民と貧困ニッポン (日テレノンフィクション 1) (日テレBOOKS―日テレノンフィクション)ネットカフェ難民と貧困ニッポン (日テレノンフィクション 1) (日テレBOOKS―日テレノンフィクション)
(2007/12/20)
水島 宏明

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 こういう本って、結局いきつく先は小泉竹中の構造改革は格差を産んだ悪法で、最終的に貧民を救うのは、「もやい」と共産党しかない、という結論にしかならないと分かっていて借りてしまった。
 

 その通りだった

読書

こちらゆかいな窓ふき会社 (ロアルド・ダールコレクション 15)こちらゆかいな窓ふき会社 (ロアルド・ダールコレクション 15)
(2005/08)
ロアルド ダール

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 帰りました。かあちゃん!
 
 眠れぬ夜行バスで疲れ果てていたので、今日はゆっくりしようと思っていたのですが、図書館が何故か明日休館のため、むくんだ足を引きずって行って来ました。ところが家に1冊本を置き忘れてきたせいで、結局本は借りれず。僕はなんのために行ったのでしょうか。やれやれ(村上春樹っぽいため息)
 仕方が無いので、やっぱり村上春樹っぽくビールでも飲もうかと思いました。でも金欠のため発泡酒となりました。やれやれ


 ダールの本のわりとアタリ。いつもながら絵も素敵ですね。
 
 こういう本を読んで育った子はきっと良い人になるでしょう。こういう本を読まずに育っても、きっと良い人になるでしょう。
 でも、僕はどちらかというと、こういう本を読んで育った人と、友達になりたいと思います。

読書

硝子障子のシルエット―葉篇小説集 (講談社文芸文庫)硝子障子のシルエット―葉篇小説集 (講談社文芸文庫)
(1989/10)
島尾 敏雄

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近くの古本市に行きました。大量収穫はよいのですが、「家畜人ヤプー」を金欠であきらめたことを激しく後悔し始めた今です。千円くらい出せばよかったかなー。でもあれ買うと新幹線のキップ代がなー。うーん



ほんの短い小説なのに、とても色鮮やかに心を揺さぶる作品がある。僕にとってのそれは、芥川の「蜜柑」であったり、ダンシモンズの「最後のクラス写真」であったりするのだが、この島尾敏雄の葉編小説集に入っている作品は、まさにその一つと言っても不足はない。

 ページにすると3,4枚の短い小説。掌編とは聞いたことがあるが、葉編とはよく名づけたものだ。すべてバラバラの作品かと思いきや、時々連作があったり、ほとんど同じ内容なのに文体や視点を変えてみたりと、手品を見せられているように、くるくると軽やかに作品は入れ替わっていく。
 仄暗さ。ほんのちょっぴり猥雑さ。生活臭。都会のど真ん中にぽつりとある寂れた路地に迷い込んで、同じような長屋を通り、同じような小道を進み、何もかもが同じようなんだけど、ゆっくりとそれぞれが違っている。そんな作品集。僕は魔法にかかったかのように一気に最後まで読み終えた。
 特に「草珊瑚」は芥川作品のように計算された色彩感と、それにうまくリンクさせた心情の変化が素晴らしいの一言につきる。久しぶりに、ああいいものを読んだ、と心から思った。
 こういう本があるから、小説は、文学は、やめられない。


 今月は更新が飛び飛びで心苦しいのですが、帰省のため、次回更新は24日以降となります。ここを読んでくれている皆様も良い連休を。

読書

王道楽土の戦争 戦後60年篇 (NHKブックス)王道楽土の戦争 戦後60年篇 (NHKブックス)
(2005/11)
吉田 司

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確かに、原爆の投下は日本を戦争の加害者でありながら被害者にしたと言われるとなるほどと思ってしまう。原爆は許されない行為であり、世界からの廃絶を願うけれども、原爆があったからこそ日本が救われたという一面もあるのも事実なのだろう。

 戦後日本の姿をなかなかユニークな視点で見ていて面白いのだが、いかんせんその語り口が気に食わない。
 「おいおい、なんちゅうあられもない<ピカドン・プレゼント論>や?」などという飲み屋のオッサンの説教のような文体は、読みやすさよりも、単純に軽く不快感を覚えてしまう。
 やはり話し言葉と書き言葉はそれぞれ適切に使われるべきであり、よほどの文学的演出を除いてラングとバロールは混濁されるべきではないのだと思う。

読書

溺レる (文春文庫)溺レる (文春文庫)
(2002/09)
川上 弘美

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 伊豆にいってきました。下手なりにでも魚が釣れると嬉しいものです。黒と淡い黄色がかわいらしいイシダイの群れと、人を信頼しきったネコを眺めていると、なんだかもう色々とどうでもいいような気がしました。くもり空でした。


 川上さんは僕が一番好きな女性作家かもしれません。その特徴的なぼやっとした作風と、それを際立たせるもやっとした文体。
 まるで水彩で描いた画のような。それとも輪郭線だけを抽出して消したような。とりとめもないんだけどじっと見ていると何かが見えてくる。そんな作品を書けるのは川上さんだけだし、こういう作品を読むと、小説というメディアはまだまだ捨てたもんじゃないなぁと考えさせられます。

 題名にあるように、主に男女関係に「溺れる」人たちを描く短編集。上で褒めておいてなんですが、川上さんの作品にしては、ちょっと微妙な気がしました。けれど文体の力でごりごり逃げ切った、そんな印象を受けた本。
 少々満足の行くものでなくても、安定してそれなりのものには仕上げられる力がある人こそプロなのだと思います。

読書

干刈あがたの世界〈2〉ウホッホ探険隊干刈あがたの世界〈2〉ウホッホ探険隊
(1998/11)
干刈 あがた

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タイトルからきっと椎名誠的作品に違いないと、かってに思いこんで買ったら見事に裏切られてしまった。干刈あがたの芥川賞候補作。

 夫との関係が冷え切った妻と子供二人のちょっと不安定な家族の不安定な心持を描いた作品。
 この本でまず気になるのは独特の視点。表題作の「ウホッホ探検隊」では珍しい2人称が使われているし、他の作品でも、視点は1人称でも3人称でもない、もっと登場人物から距離感を感じさせられるようなスタンスで書かれていて興味深い。
 だが、一方で別の意味で気になったのはセリフ回しの違和感。どこまで意図的に書いているのか分からないので安易に批判はできないのだが、僕にはどうしても鼻についてしまった。わざとらしい、というか、演劇臭いというか。特に語尾感がいかにも書き言葉! というようなセリフばかりで、なんだか読んでいて鳥肌がたちそうな、体の中を小さいクモがはいずりまわっているような、とにかくフラストレーションの溜まる本だった。つまり僕はこの本が嫌いなのだ。

 離婚というわけではなく、子供のために戸籍は残して別居という複雑な夫婦の現状を、冷めた目でみる大人びた子供たち。寂しさを押し隠しながら前向きに生き、母を支えていこうとする男の子の姿には、もう「男」の影が見え隠れする。
 繊細な子供たちの心情の機微を描いた、のは確かに見事だが、それまでと言ってしまえばまたそれまでで、ドラマ性などはかなり薄口。
 また、収録されているほかの作品も同じようなテイストで、それ以外ないんかい! 要は私小説だろ! と読み終わった本の表紙にツッコミを入れてしまった。つまり僕はこの本が嫌いなのだ。

 良いところが十分にあるのは分かっているのだが、どうも生理的に好きになれない。人と同じように、頑張っても好きになれない本というのも存在するのだ。相性の問題だ。しかたない、しかたない。


 次回更新は18日か19日になります。今月は家を空けることが多くて感想を書けぬまま積み本が増えていってなんだか切ないのです。

読書

12歳の文学 (小学館文庫)12歳の文学 (小学館文庫)
(2009/04/07)
小学生作家たち

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実家のダンボールの中に、濃い緑色をしたヴェルディのノートがあります。ヴェルディはちょうど最盛期の頃で、ノートの背表紙の裏には、カズやラモスなど今は懐かしい人たちがメンバーとして並んでいます。そんなノートの中身は、僕が初めて書いた小説。
 僕が幼稚園くらいの頃で、海洋汚染に悩む魚が、海が汚れる原因を探して旅に出る、というなかなか幼稚園児にしては社会派な作品で、未完のまま封印されて今も眠り続けています。
 その作品を書くきっかけとなったのが、当時ベストセラーだった「天才えりちゃんが消えた」という本でした。この本、作者が小学生か何かでかなり幼い少年だったんですね。そんな少年が本を書いたというので話題になって、昔から負けず嫌いだった僕はかってにライバル心を燃やして小説を書いていたのでした。
 

 この「12歳の文学」は12歳の文学賞の受賞作をまとめた本。名前の通り、12歳以下の子供たちのみ応募を許された文学賞です。
 先に言っておくと、僕はこういう話題作り型の賞は好きではありません。ましてや、若さが評価の対象になるというのは、フェアではないのかと思うし、若かろうが老いていようが、良い物を書く人間が評価されるべきだ、と今でも思っています。

 そうした思いを胸に読んだこの本。読んでまず感じたのは、チープな言葉ですが、純粋にすごいな、ということでした。
 うまい。とても、うまい。
 例えばここに載っている作品を高校生だとか、まぁ普通の社会人が書いたといわれても、はぁそうですかと納得してしまいそうなそんな上手さをそんな完成度をすでに備えていて(さすがに物書き志望の大人と比べるとかなりアラは目立つが)、単純に驚かされました。
 少なくとも、僕は当時こんなにキレイな文章は書けなかった。それだけでスゴイと思うし、僕が思っていたような若さだけをウリにした作品ではないことを改めて教えられました。

 でも、と思う。ここに載っている作品はとてもうまい。うまくて、うますぎる、とも思うのです。
 文章を読んでいるとなんだかまるでファウンデーションやマスカラやアイシャドウなんかを塗りたくってムリにお化粧しているような印象を受けてしまって、それでいて下地はまだ子供なものだから、まだ早いんではないか、と言ってあげたくなるような、そんな気がしてしまうのもまた事実なのです。
 変に上手くてこざっぱりした文章なんて、これからいくらでも書ける。彼には、彼女には、今しか、子供のときにしか書けないようなものを書いて欲しかったとも思うのです。もっと真っ黒になって泥んこになって、ちょっと無謀な、そんなものを書いてほしかった。
 けれど、ふと思うのです。もしかしたら、そうしたお化粧とかして生きていく術を、もう今の子供たちは知っているのかもしれない、と。それが良いのか悪いのかは僕にはわからないのですが、なんだか、そんな、そんなことを思いました。
 

読書

スロー・バード (ハヤカワ文庫SF)スロー・バード (ハヤカワ文庫SF)
(2007/06)
イアン ワトスン

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 ああ、近くで古本市をやっているのに、金欠で何も買えないという悲劇!!


 大の日本通であり、イギリスを代表する屈指のSF作家であるイアン・ワトスンの短編集。まぁ、さすがにワトスンくらい読まずにSF好きなどというと殴られてしまいそうなので読んでみました。

 確かに難解な作品も多く、頭でっかちな感も無くはないが、それをはるかに越える着想センスの素晴らしさに、ただただ僕達は圧倒されてしまう。ストーリーテリングや余韻などで魅せるより、まず最初の設定だけでヤラれてしまう。そんな作品。
 そうきたか! そうもってくるか! そんな発見と感動に打ち震えながらページを繰る。ページの中に時々現れる日本についての記述は、親日派のワトスンらしいが、僕はなんだか嬉しくあり、なんだかむずかゆくもある。
 
 僕はSFの中でも叙情派なのでブラッドベリなんかを好むけれど、こうしたワトスンのようなタイプの本は、正統派SF好きの人にはドツボの本では無いだろうか。

 ふと思ったのは、表題作の「スローバード」は円柱形の頭をした鳥で、その鳥が自滅した土地はガラス状のプレートと化する。
 内容はさておき、なんとなくブレンパワードっぽいなーと思ったり。
 

読書

潜水海賊キャプテン・グック (創作児童文学館)潜水海賊キャプテン・グック (創作児童文学館)
(1994/06)
斉藤 洋

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 正義であれ、単なるわがままであれ、何にせよ責任を持つということは業を背負うということであり、それだけの覚悟が必要なのだと思います。背筋をしびれさすような重圧と不安に、少しだけ心地よさすら覚えてしまう僕はやっぱりドMなのでしょうか。


 斉藤先生のたのしいたのしい御本。ひょんなことから潜水艦に乗った海賊に助けられた主人公の話。海賊達は海賊なのに、襲われている船を助けたりする親切な海賊。斉藤作品に出てくる大人は、なんだかいっぷう変わっていて、屁理屈が多くて、基本的に悪人ではなく憎めない人ばかりなのです。
 海賊なのに子供を働かせないのか、と聞く主人公に、海賊は「児童福祉法に違反する」と答える。こういうセンスが斉藤さんは本当に素晴らしいのです。
 飯野さんの挿絵は、矢玉四郎さんになんとなく似てるなぁ、と思いました。ぶー

 ラストはいつものように少し物足りなくもあり、あっさりさが良くもあり。

読書

じーさん武勇伝 (講談社文庫)じーさん武勇伝 (講談社文庫)
(2006/08/12)
竹内 真

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うーん。こういうハチャメチャ老人系の本って、どうも老人のハチャメチャぷりが固定化されてしまうんだよなぁ。読者の想定内のハチャメチャは、もはやハチャメチャではないという悲しい矛盾。

 あと、作品の視点としては、どうしても老人ではなく、孫あたりからの視点になるのは仕方ないと思うのだけど、じーさんの行動に対する反応がいちいちわざとらしくて萎えてしまう。うーん。こういうの好きなはずなんだけどなぁ。

読書

牢屋でやせるダイエット牢屋でやせるダイエット
(2003/07)
中島 らも

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飲み屋さんで飲むウイスキーに困ったら、マッカランを飲んでおけばまあ外れないと思います。
店員さんがウイスキーに詳しい方で、ウイスキーライブの話などが出来てとても嬉しかったのです。


 らもさんは昔タ、大麻かなんかで捕まっとるのですが、その時にらもさんが拘置所で感じたこと・考えたことについて書いている本。
 拘置所の中の生活などが赤裸々に書かれていてなかなか興味深いのだけど、なんだかいまひとつ物足りなさを感じてしまう。なんだろうと思ったら、おそらくらもさんにしては、おりこうさんすぎるのだ。
 時々面白いのだけど、最終的にまっとうに罪を反省してそれで終わってしまうのは、まぁ当然と言えばそれまでなんだけど、やはりらもさんともあろう人ならば、もっと反社会的に、もっとロックに書き綴って欲しかった。ただ、そんなことを書いたらどうせ編集で止められるんだろうな、とも思うのでこれが精一杯だったのかもしれない。

 いつか拘置所に入ることがあったら、隠しカメラを見つけて歯磨き粉を塗りたくってたろうとは思ったけど、今のところ予定はないので、最近流行りの芸能人の方にでも送ってあげたら良いのではないかと思いました。

読書

男たちのかいた絵 (新潮文庫)男たちのかいた絵 (新潮文庫)
(1978/10)
筒井 康隆

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 月に一度の古本市。古本市に行くと幸せになれるので、ここしばらくの不幸を払拭するべく出かけてきました。
 今回の収穫としては、カート・ヴォネガットJrと横田さんのSFを1冊づつと、アングラ系の本を2冊。しめて4冊で1000円なり。まぁまぁ良い買い物をいたしました。


 筒井先生の短編集。筒井作品はたいがい読んでると思っていたけれども、まさかまったく読んだことがない短編集があったとは。嬉しいような情けないような、複雑な心境なのです。

 前編にわたって舞台はヤクザの世界。ヤクザ映画でみるようなシーンが筒井色に染められ塗られ。
 ヤクザという、バイオレンスでかつ人情と哀切がいっぱいの世界は、確かに良く考えると筒井ワールドにぴったりなわけであって、どれも素晴らしい作品ばかりでした。
 
 というか、筒井作品って、どの作品よりも好きなんだけど、どの作品よりも作品のレビューが書きづらいんだよなぁ


 なお。次回更新は9日か10日あたりになります。

読書

スバラ式世界 (集英社文庫)スバラ式世界 (集英社文庫)
(1992/09)
原田 宗典

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 昨日からロクなことが無いのですが、今日帰ってからも色々と悲惨なことがあって、気分はもう戦争です。長い間の勘違いのせいで無駄な労力を費やしていたことを知り、そのツケがこれからどどっと押し寄せてくることを知ってしまった時の絶望感と脱力感ったらありゃしません。これはもうあれだ、世に言う厄日というやつなんだと、ハタと膝を打って気づき、昼からの図書館やらに行く予定を全部潰してシャワーを浴びて体を清め、布団に潜り込みました。それでも目覚めるともうやるせなさが津波のように押し寄せてくるので、こんな時にはボードレールの「酔っ払え、とどまることなく酔っ払え」という一説を引用することにしてコンビニに走ってお酒を飲んだはいいが、それはそれで胸焼けを起こし、ああもう今日は救いようが無く厄日なんだ、救いようがないんだ俺は、なんまんだぶなんまんだぶと呟き十字を切り、おんそらそばと弁天宗に頼ってみても救われそうがないので今度はウイスキーの瓶を開け始めてますます救われなくなってきた今です。ウイスキーは「生命の水」なのできっと僕に景気の良い活力を注ぎ込んでくれるでしょう。はははは。ばーか

 
 原田さんというと、やはりエッセイの名手と言う印象が強すぎるわけで、その名エッセイの代名詞的な本。
 正直なところ、前評判で期待しすぎたせいか、ああこんなもんか、という悪くはないけどふーん、みたいな、そう言うなれば「時かけ」とか見たときの、ふーんという感触に近いものがあった。
 テレビに出ている幸せそうな人が憎い。うーむばりばり
 エッセイの名手といえば、ムツゴロウ先生や椎名誠や村上春樹なんかが思い浮かぶのだけど・・・と文章を続けていこうとしたのだけど、ここでなんだか世の中のなんでもかんでもがメンドクサクなってしまったのでもういいや。ああ、厭世的だ。厭世的だ。
 こういう無茶苦茶な文章も、演出だと言い張ってしまえば文学になるんだろうな、そういえば文藝の新人賞は兄弟合作らしいですね、賞って取る人は取るんですね、才能ってなんだろうな、運ってなんだろうな、やっぱり川上未映子とか綿矢りさみたいに美人じゃないとダメなのかなそれとも芸人じゃないとダメなのかな。そうか僕はこの際、うわさの児ポ法あたりでしょっぴかれて塀の中からホンを書けば安部譲二的な感じでデビューしてバカ売れするんじゃないかとか思って退廃的なことを書いてみたら、なんだか中原昌也みたいな文章が書けるのかと思ったけどそうでもなく、ああやっぱ文才ねえなちくしょう。本なんか読んだって意味ねーよがおがおと思い。ああ、厭世的だ。厭世的だ。
 今日吹く風は金の風。僕の骨がぬっくと飛び出てじゃじゃじゃじゃーん。ゆやゆよんと汚れちまった悲しみにまみれて今日も僕は行く。ああ、厭世的だ。厭世的だ。
 厭世的だ

読書

幼年期の終り (ハヤカワ文庫 SF (341))幼年期の終り (ハヤカワ文庫 SF (341))
(1979/04)
アーサー・C・クラーク

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 機嫌が悪いときと、機嫌の良いときが交互に何度もやってくると、躁鬱病なんじゃないかと思ってしまいます。でも、北杜夫先生によると、躁病は人にきゅうりを三本あげるくらいであり、欝病はリポビタンDの高いやつを飲めば直るらしいので、まぁ大丈夫なのでしょう。


 本はもちろん嗜好品であり、個人が好みに応じて読めば良いと思いますが、それだけでなく、読んでおくべき本が存在するのもまた確かだと思います。イッパイアッテナの言葉を借りるならば、キョウヨウとしての本ですね。
 それは、ドストエフスキーであったり、夏目漱石であったり、カフカやダンテや村上春樹であったりするのだと思いますが、絶対に外すことのできない本の一つが、この「幼年期の終り」なのは間違いないのです。

 SFの金字塔であり、クラーク先生の超名作。いちおうそれなりにSFが好きな人間として、この年まで読んでいなかったのは恥ずべき事実だと思いますが、いまさらながら読みました。
 
 読みながら、もう3分の1もいかないあたりで感じたのは、ああ、舐めてたなぁ、という呆然とした思い。言葉でうまく説明できないのはひとえに僕の語彙力と表現力がないからなのですが、内容の規模が非常に大きく、圧倒的で、僕はその壮大な宇宙の姿にただただひれ伏すしか出来ないのです。
 ストーリーの厚みだけでなく、その情感豊かな描写も神経の束を直接つかまれるような力強さを持っており、SFだからなどとバカにした発言はいっさいできないことを考えさせられるでしょう。

 この本に関して言えば、もうストーリーなどに関して僕がつたない言葉でまとめるのは作品を汚すことになるだけなので、これ以上何も書けることはありません。
 
 本は好きな人が好きなだけ読めばいいと思うし、別に読まなくても死なないんだから読まないなら読まないで良いと思うのですが、この本だけは、人間として、キョウヨウとして読んでおくべき本だと思います。
 僕ももうちょっと早く読んでいれば、昔書いた脚本などをもっと深みのあるものに出来たでしょうに。まだまだ読書量が少ない自分が腹立たしくあり、情けなくあり、久しぶりにそんなことまで考えさせられました。
 そうか、今日こんなに精神が不安定なのはこの本のせいなのですね!

読書

朝のガスパール (新潮文庫)朝のガスパール (新潮文庫)
(1995/07)
筒井 康隆

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 予備校に通っていた頃、僕には恩師がいた。とても頭の良い英語の先生で、僕が一生かけてもこの人には勝てないだろうな、と今でも思っている数少ない人だった。
 授業が終わると、きまって講師室に遊びに行って、質問という名目でいろんなことを話した。小説の話もしたし、ガンダムの話もした。大学に入ってからの話とか、たくさん話をしたけれども、肝心の英語に関してはほとんど話題に登らなかった。先生に認めてもらいたくて英語はそれなりに勉強していたけれど、それでもやっぱり英語が嫌いだったのだ。
 
 そうやって先生と交わした時間の中で、培養脳の話をしたことがあった。
 培養脳とは、実は人間は脳だけの存在で、今僕達が現実だと信じているものは外部からの信号による映像を見せられているにすぎないという説。目の前にある時計も、友人も、親も恋人も全部、緑色に濁った水槽の中にゆらゆら揺れる脳髄の僕が見ている夢だという怖い話。こんなものもちろん、本当だと言えないけれど、同時にウソだとも言い切れない。
 つまり、何が言いたいのかというと、現実と虚構なんてものは紙一重だということなのだ。


 筒井先生の日本SF大賞受賞作。新聞に連載された小説であり、読者からの投稿の内容によって小説の内容を変えていくという斬新なスタイルをとっている。展開は全部読者が提供してくれるのだから、作者にとって最高の手抜き作品であり、また最高に頭を使う作品でもある。
 コンピューターゲーム「まぼろしの遊撃隊」の記述と、それを楽しむ現実世界の人々の記述。更にそれを書く作者(筒井康隆の投影キャラクター)の当初に対する記述。それらがスパイラル式に描かれ話は進む。
 作中の、作者が投稿者を実名で批判したりするシーンは、それすらも作為的な演出で、実は全てが虚構なんじゃないかと思い始め、そうした構造が重なるにつれて、だんだんどこまでがフィクションなのかがよく分からなくなってくる。
 やがて螺旋が頂点に達した時、虚構と現実との境は崩壊し、ぐちゃぐちゃになる。


 こんなものに挑戦するのは筒井先生くらいのもんだろうが、虚構と言うものの盲点に光を当てて、非常にうまく書ききってある本。SF大賞は順当でしょう。
 ただ、強いて言うなら、ラストは虚実が入り乱れるしかないと思うのだけど、結局、筒井先生お得意のドタバタチックに終わらしたのは、少し残念だった。不満は無いけれど、得意技でうまく逃げられた感じが残る。まぁ、じゃあどうすんだと言われるとそれまでなんだけれども。

 何が虚構で、何が現実なのか。そんなものは誰にも分からないけれど、この本を読むと、自分の目に見えているものが少しだけ、怖くなる。
 白い壁が、本当に白なのか、不安になる。もしかしたら、やっぱり僕達は、僕は、ときたまゴポリと泡を吹くしわくちゃの脳で、この現実は何かに見せられている、とても甘い夢なのかもしれないけれど。
 けれど。

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