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読書とギターとブログと |2008年11月
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読書

ビジテリアン大祭 (角川文庫)ビジテリアン大祭 (角川文庫)
(1996/05)
宮沢 賢治

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 賢治の物語は、まるで硝子か氷の欠片のやうにすっかり透明で、指でひとふれすると、ほろほろと溶けてしまいそうな、そんな気がするのです。
 
 食べられてしまう豚を書いた「フランドン農学校の豚」など、生きるということ、生きていくためにほかの生を喰らうことについてあまりに真摯にむき合おうとしている賢治の姿に、わたしたちは息がくるしくなり、胸がぜいぜい言うのです。

 けれど、賢治の物語はやっぱり美しく、どれだけつらくても、どこかに救いがあるのです。その救いにわたしたちは思わずまどの外をながめて、しずかな月といっしょにしいんとしたくなるのです。
 虫がりいんと鳴いておりました。


賢治の文体の特徴は、丁寧な言葉遣いと、漢字を少なくすること。あとはなんといっても独特の感性による擬音語の多用だろう。
 それっぽく真似ることは可能だが、どうしても根本的に違う気がするのは、やはり僕の心が賢治ほど澄んでいないからなのかもしれない。

 
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読書

ムツゴロウの大勝負 (文春文庫)ムツゴロウの大勝負 (文春文庫)
(1977/01)
畑 正憲

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 ムツゴロウさんの賭け事に関するエッセイ。ムツゴロウさんはパチンコの名人だとか、割とギャンブル系に強いことで有名なんだけど、この本を読むとそのすさまじさがわかる。
 
 ムツ氏によると、ギャンブルは半分はハッタリだと言う。ホラをはれ、と。
 確かに、強いと噂する人には、最初からどこか引いて当たる節はあるし、弱いと噂の人には少しナメテかかる習性が、これは意識してと言うより本能的に僕もやってる気がする。案外、強さなんてそんなものなのかもしれない、と思う。

 まぁ、読んでると、この人とは頭の回路の質がなんか違うんじゃないかと思うこと多々ありけりだが、それはもう置いといて、中々楽しいエッセイでした。読んで僕も麻雀や碁が出来るような気がしたけど、気がするだけなんだろうなぁ。

読書

最後のウィネベーゴ (奇想コレクション)最後のウィネベーゴ (奇想コレクション)
(2006/12/08)
コニー・ウィリス

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女性のSF作家と言えば、新井素子かティプトリーJrくらいがパッと思い浮かぶわけだが、このコニー・ウィリスもそれらに勝るとも劣らぬ女性の名作家・・・らしい。僕は知らんかったけどね。

 で、この「最後のウィネベーゴ」なんですが。うーん。うーん。
 
 なんか、新井素子も特徴的なのだが、コニー・ウィリスも、やっぱり女性だな、と思わせる不思議なクセみたいなのがあって、それが悪いと言うわけではないのだけど、なんかあんまり僕の肌に合わなかった感はある。女性特有の生々しさと言うか。
 例えばこの中の「女王様でも」は生理等をテーマにした作品だが、こういうのは男は書けないだろう、また書くべきでもないと思う。

 表題作「最後のウィネベーゴ」は世界最後のRV車、ウィネベーゴを巡る話。何故車?とか説明がなされない事柄が多く、いやそれはわざとなのも分かるのだが、僕はこの作品が世間でされたほどに評価することは出来なかった。
 コニー・ウィリスで僕と相容れないのは、なんか無駄に長すぎる、と思っちゃう所だろう。
 「スパイス・ポグロム」も設定や発想は面白いのに、200ページを越えだらだらと引き伸ばして僕は逆にいらいらが募ってしまった。筒井あたりならまちがいなく80ページくらいで短くばっさりとまとめているだろうし、僕でもそうするだろう。そこの意識の違いが根本的な相容れなさに繋がっている気がする。

 ともあれ、僕がそこまで好きではなかっただけで、実際、作品としては見事なものもあるし、人によってハマる人も多いと思う。やっぱり女性が好きなんじゃないかな。いや、まぁ偏見なんだけども。

読書

教養教養
(2000/11)
小松 左京鹿野 司

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 小松左京と鹿野司と高千穂遙の対談本。

 小松左京は膨大な量の知識人で有名だが、その片鱗を垣間見ることが出来、なおかつSF作家達の発想の独創性と斬新さに舌を巻かされる本。SFをバカにする人はこの本を読んでからバカにしていただきたい。きっと小さい声でゴメンナサイと呟くはずだ。

 こんな逸話が話される。
 テレビの現場か何かで、アナウンサーが小松左京に琵琶湖の水質汚染云々についてどう思うかみたいな話を振った。それに対して小松さんはこう答える。
 「そんなのほっとけばいいんだ」
 唖然とする人を置いて、こう続ける
 「2億年すれば元に戻る」

 これを読んで僕は脳天を何か重いものでがつーん、とやられた気がした。まったく、まったくその通りだったからだ。
 僕達凡人が地球について考えるとき、数年、数十年、長くて数百年規模程度でしか物事を考えられない。だが、それは本当の意味で地球ではない。人の住みやすい星としての地球への思考だ。そして、そんな枠を取っ払って小松さんは本当の地球へと思いを馳せる。その思想は過激なのかもしれないが、どんな組織や政治家よりも地球を愛した発言に思える。

 温暖化についても、空気中の炭酸ガスがもっと増えたほうが植物の活性化が進む話を引き合いに出して、いかに我々が人間中心の環境論を振りかざしているかを穏やかに、しかし痛烈に批判する。

 SFは発想力と思考力が命の作品だ。だがSF作家達のその奇抜で独特なアイディアは遊びや狂人の産物ではない。膨大な知識量に裏づけられた論理的な思考の結果に過ぎない。
 SFをバカにしてはいけない。改めて、僕はそう思った

読書

バビロンに帰る―ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック〈2〉バビロンに帰る―ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック〈2〉
(1996/04)
村上 春樹

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 アメリカを代表する作家、フィッツジェラルドの村上春樹訳。

 フィッツジェラルドの作品は、青春や、昔の栄華など、様々なものへの欠落で溢れている。それは村上春樹の織り成す世界とよく似ていて、どちらの主人公ともいまにも「やれやれ」と呟きかねないほど、何かに疲れ、何かを諦めているように見える。
 
 彼の作風はわりと固定されていて、作品ごとに斬新さで目を奪われると言ったことはあまりない。ただ、確実にその哀しみは僕の心を抉り取る。
 「バビロンに帰る」は名作の一つだが・・・いや、なんだろう。彼の作品に下手な解釈や講釈は止そう。とても美しい、美しい作品で、それが村上春樹の手によってより上品に色づけされて読むことが出来る。とても、美しい。
 
 僕の好きな「冬の夢」が収録されていないのが残念だが、それを除いても余りあるほどフィッツジェラルドに浸かることが出来る本。村上春樹らしさをまったく感じさせない村上春樹の翻訳にも注目。
 
 「ずっと以前には、ぼくの中に何かがあった。だが、いまはもうなくなった。いまはもうない、なくなってしまった」 (冬の夢) 

 僕はフィッツジェラルドを読んで、決して過ぎ去った過去を邂逅するわけではない。懐かしむわけでもない。そんな安っぽいノスタルジーではない。とても表現しにくいのだが、彼の描く欠落。僕を殴りつける欠落。それはあえて言うなら、若さとか活力とか、そういうものなのだと思う。

読書

どちらでもいい (ハヤカワepi文庫 ク 2-5)どちらでもいい (ハヤカワepi文庫 ク 2-5)
(2008/05/08)
アゴタ クリストフ

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アゴタ・クリストフの短編集。というか、掌編集。

 ショートショートというよりもむしろ詩篇のように短い作品が連なる。

 時折はっ、とさせられるものや、よく分からないものもある。それぞれに不思議な味が確かにある。表題作の「どちらでもいい」は日常をするどく切り取った作品だが、その作品の持つ痛烈さは、僕達の胸の内まで切り取ってくるようだ。 

読書

筒井順慶 (新潮文庫)筒井順慶 (新潮文庫)
(1993/06)
筒井 康隆

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筒井順慶という人物は実在したらしい。だがそんなことはおれにとってどうでもよい。重要なのはこの本が面白かったということだ。
 うさんくさい順慶説と作者が混在したメタ的な作風で話は進み、時々にとりあえず濡れ場をいれてひいひい言い、編集者に追いかけられて作者はぎゃあぎゃあわめく。問題ない。いつも通り筒井作品だ。いつも通りの作品なのだから、いつも通り面白いのである。
 
 もう筒井文体はつらくなってきたから止めます

読書

狂気の沙汰も金次第 (新潮文庫)狂気の沙汰も金次第 (新潮文庫)
(1976/10)
筒井 康隆

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 筒井さんが書く随筆集。どうも新聞に毎日連載してたらしい。

 まぁ、筒井ファンの僕としては筒井さんの書く文章はとりあえずなんでも面白いわけで、もちろんこの本も手放しで褒めるわけである。
 
 筒井康隆らしさ、とは、たとえば「うひひひひ」などの擬音語や「おれ」の多用などが挙げられるわけで、それらと独特のユニークな発想がミックスされてアウフヘーベンされて、えげつない筒井ワールドが形成されるのである。
 
 そしてそれは小説にとどまらぬ。随筆においても多分に「筒井康隆らしさ」が滲み出しており、その臭気は目にしみ鼻ひん曲がり、毛穴から体内に浸み込んで、血液が黒く濁ってしまうのではないかと思われるほどだ。
 しかも随筆は小説よりも一つ一つが短い。短い分、筒井ショックが次々におれに襲い掛かってくる。そのたびにおれはぎゃっ、と仰け反り、本を投げ出し、体を掻き毟る。だが、筒井病の発症者は頭が犯されている為、うひひひ、うひひひひと涎を垂らしながら次の章、次の章と震えた手でページを繰るのだ。その有様たるや麻薬患者さながらである。
 
 読み進めるごとに症状は悪化し、後半の方で白髪になり、歯は抜け、小便を垂れ流す。そんな状態になりながら読み続け、最後に背表紙を閉じたときにおれはひっ、と叫んで強烈なエクスタシーと共に昇天してしまった。いひいひひひと言葉にならぬことを呟き廃人となったおれは、もう理性も持ちえていないくせに長年の本能でまた筒井作品に手を伸ばすのだった。


 

読書

プロ直伝 笑いの技術プロ直伝 笑いの技術
(2006/11/23)
浅井企画放送作家セミナー

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 テレビの放送作家の育成をしている浅井企画が出す、笑いについての本。

 日ごろコントなどを手がけている人たちだから、理論書なんかと違った実践的な「笑い」について学べると思って借りたのだが・・・そうでもなかった。ショーペンハウエル読んでた方がよっぽどタメになる。

 何がマズイって、例で出してくる面白いはずの文章がまったく面白くないのだからどうしようもない。

読書

明るい夜明るい夜
(2005/10/12)
黒川 創

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黒川 創の三島賞候補作。

 小説家になりたい彼と、フリーターをする私の話。

 設定は当時の先端と言うかベタともいうか。それに伝統芸能とかからめてさらっと書いちゃうあたりが、黒川さんの力量なんだろうな、と思った。
 
 まー、純文学として普通にっそれなりに楽しめた本。ただ、個人的に三島賞ってアバンギャルドな印象があるので、ちょっと大人しいかな、と思った。だから落選はちょっと納得

読書

夜更けのエントロピー (奇想コレクション)夜更けのエントロピー (奇想コレクション)
(2003/11/23)
ダン・シモンズ

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SFファンには常識。ダン・シモンズの短編集。

 全体としての印象を一言で言うなれば、暗い。だが、それは単純なホラーではなく、切なさを噛み締めている暗さだ。「黄泉の川が逆流する」では死んだ母を生き返らせた家族の苦悩が描かれる。「ケリー・ダールを探して」は、ケリーの凄惨な幼児体験とそれに気づけなかった教師の物語。
 短絡的な言葉だが、それらの作品は心を打つ。重く、密度があり、破壊力を伴って僕の体にぶつかってくる。ああ、素晴らしい。

 個人的に一番好きだったのは「最後のクラス写真」
 町の人々がゾンビと化した町で、一人生き残っている女教師は、ゾンビの子供達を捕まえて授業をする。彼女はいつか彼らの知性が蘇ると信じて毎日授業を行う。
 シモンズの見事なのは色々あるのだが、一つに切り取りの上手さがあげられる。この作品で何故ゾンビ化したかは詳しく描かれない。「黄泉の川が逆流する」でも生き返る技術などは詳しく描かれない。そんなことはどうでも良い。不必要なものを躊躇無く切り取れる上手さ。それはプロットの巧みさにもつながる。
 ゾンビの子供達を教える彼女の元に、ある日町中のゾンビが襲撃をかける。限界を感じた彼女は子供ゾンビを縛る鎖を断ち切り・・・
 
 圧倒的な描写力で書かれるこの作品の最後に待ち受けるほのかな希望の光に、これだけ感動させられるとは思わなかった。ほんとうに、ほんとうに美しい作品。芸術の、彫刻のような研ぎ澄まされた美しい作品。こういう本にめぐり合うたび、僕は今日も生きていて良かったと思う。

 余談だが、この奇想コレクションのカバーのデザインって素敵ですね。

読書

クビキリサイクル―青色サヴァンと戯言遣い (講談社文庫 に 32-1 西尾維新文庫)クビキリサイクル―青色サヴァンと戯言遣い (講談社文庫 に 32-1 西尾維新文庫)
(2008/04/15)
西尾 維新

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 西尾維新のデビュー作。

 迫力のある語り口と、テンポ。あとはまぁ独特の世界観? とかもろもろ。確かに凄い、と思った。
 
 だが、僕には合わない。それだけ。

 時々挿入される固有名詞は、入れたほうが「天才」さが出るのは分かるけれど、イラッとさせられる。
 純文学を懐石料理だとすると、これはメガマック。対照にある。

 西尾維新がこれを、どこまでたくらんで書いたのかが分からない。ラノベを鍋に入れて煮詰まったそれのような作品を、ただ書きたいから書いたのか。それともこれがファウストで受け、キャラクター性をことさらに強調させたモノがティーンに受けると狙って書いたのか。
 分かってやっているなら、西尾維新はこの作品に出てくる「天才」に相応しい。だが、好きで書いているなら、僕は世間様ほど評価は出来ない。そこが、分からない。

 てゆーか。入れ替えのトリックの連発で読者をかく乱させて、見逃しがちだが、僕はだまされないぞ。実は推理小説としてはそんなに凄くはないぞ

読書

オズワルド叔父さんオズワルド叔父さん
(1991/02)
田村 隆一ロアルド・ダール

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 これは面白かった。いやー、こういうバカっぽい話大好きですよ。

 ロアルド・ダールと言えば、あのティム・バートンの「チャーリーと夢のチョコレート工場」の原作の作者で有名ですな。割と子供向けの児童書で名の知れた作家です。

 そのダールが書く、大人向けの童話。話の主人公であるオズワルド・コーネリアスは容姿端麗で頭の切れる若者。彼は南米でカンタリジンという媚薬の元を入手し、強力な媚薬の丸薬を精製して社交界に高額で売りつけ、一財産を築く。
 ここまででも、彼の巧みなプレイボーイっぷりや、お下劣な内容でありつつも卑猥に感じない書きっぷりに僕はニヤニヤと読み進めることが出来たのだが、コーネリアスの冒険はまだ終わらない。
 彼は自分の財産を元手に、教授の発見した精子の保存方法をヒントに、各界の著名人の精子を採取し、売りつけると言う商売を始める。相棒は目も覚めるような美女ヤズミン。
 彼らは媚薬を使って皇族から芸術家まで精子を放出させ、逃走する。その姿はなんだか黄色いフィアットに乗ってぶんぶん逃走するルパンと不二子を思い出させる。
 順調に進んでいた彼らの計画だが、オチは意外な形で訪れ、ヤズミンは不二子に劣らぬ悪女っぷりを見せてくれる。

 全てがコミカルに、テンポよく、そしてとても痛快に進んでいく。何も小難しいことを考えず、ゲラゲラ笑って本を気持ちよく閉じることが出来る。
 そこには訓示や学ぶべきものは無いのかもしれないが、何よりも大切な、本を楽しむと言う心が確かにある。
 とても、楽しかった

読書

泡坂妻夫の怖い話 (新潮文庫)泡坂妻夫の怖い話 (新潮文庫)
(1998/07)
泡坂 妻夫

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 直木賞作家の泡坂さんの作品集。題名どおり、ホラーが多目のショートショートが31篇収録されている。

 ショートショートは、なんか芸人のショートコントみたいなものなので、単純に楽しむもよし、途中からオチを推測して読む、という楽しみ方も出来る。その場合、自分の予想が見事に裏切られた時の嬉しさは格別のものだ。

 完全に裏切られて、微笑みながら三振の爽快感を味わえた作品もあるし、見事にヒットした作品もある。時々とんでもないボールもあったりするのだが、それはそれで御愛嬌。
 
 ホラーからSFまで。幅広く楽しめる本。

読書

福田和也の「文章教室」福田和也の「文章教室」
(2006/08/01)
福田 和也

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 SPA!でも連載してますね。評論家の福田和也の文章教室。様々な本を引用して文学と文章について述べてある。

 章ごとに内容を分けており、また文章も読みやすい。たんなる批評に留まらず、後半には自分のゼミの生徒のコラムの添削を載せてあるので思ったよりも勉強になった。

読書

はたらく青年 (角川文庫)はたらく青年 (角川文庫)
(2002/04)
原田 宗典

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 原田宗典のエッセイ。自らの青年時代について、軽やかに語る。

 冷静に考えると、中々に重い内容であったりするのだが、その悲壮感をあまり感じさせずに、そのハードな半生を笑い飛ばすかのように書かれるエッセイは、読んでいてとてもすがすがしい。

 小説よりも文体が強く意識されない分、逆にある意味エッセイは作家の特徴というか、素の部分が出やすいように思う。文章からしか判断出来ないが、原田さんはとても落ち着いた素敵な男性ではないだろうか。読み進めるにつれて、自分の矮小さが耳と頭と体のあちこちに痛かった。

読書

エーコの文学講義―小説の森散策エーコの文学講義―小説の森散策
(1996/05)
ウンベルト・エーコ和田 忠彦

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 薔薇の名前で有名な大作家、ウンベルト・エーコの文学講義。

 ちまたのウンチク本などと違い、簡潔に出来るだけわかりやすく書いてくれているため、意外に読みやすい。だが、読みやすいのと理解しやすいのはまた別物だと思い知らされた。

 面白かったのは、デュマは一行ごとでギャラを貰っていたらしく、無駄に会話が短く改行が多い旨の記述はけらけら笑えた。

読書

図書館内乱図書館内乱
(2006/09/11)
有川 浩

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 図書館戦争シリーズ二冊目。
 
 1冊目よりも確かに面白かった。ただ、どうしてもミリタリー好きの人向けの本に感じてしまう。多すぎる説明は世界観を構築するのに必要なことだと分かっているが、もっとスマートに出来ないだろうか、と思ってしまう。
 それなりに面白いのに、なんだかよくわからない不満がある。それが何なのかよく分からない。
 反発なのか、それとも嫉妬? いや違う。
 
 要するに
 肌に合わない、ということだろうか。

 別に何が悪いとかそういうんじゃなくて、なんか苦手なんです。個人的な問題なのだろう。こればかりは仕方が無い。うん。ごめん

 どうでもいいが、読んでいて、いわゆるライトノベル系の作家って、文体が同じだなー、と思った。150キロを越える球を投げるが、それは松坂ではない。バッティングマシンのそれなのだ。

読書

ブラウン神父の童心 (創元推理文庫)ブラウン神父の童心 (創元推理文庫)
(1982/02)
G・K・チェスタトン中村 保男

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推理小説を語る上で、ホームズやポワロはもちろんのこと、このブラウン神父を外すわけにはいかないだろう。
 チェスタトンの名シリーズ、ブラウン神父ものに挑戦。推理小説は特に好きというわけではないが、昔はよくアガサクリスティーを読んだものだ。久しぶりの推理モノ。

 ずんぐりした姿に、黒ずくめの僧服、黒い蝙蝠傘。陰鬱なその容姿は、小洒落たホームズやポワロとは少し気色が異なる。だが、その見かけとは裏腹の頭の回転と、時々神のご加護のおかげで様々な難事件を解決していく。

 読んで思ったのは、先入観の重要さだろうか。僕達はよく先入観に惑わされる。たとえば、1話目でブラウン神父と共に泥棒を捕まえたヴァランタン警部。その瞬間に僕達の頭の中で警部は犯人リストから無意識の内に除外されてしまう。その先入観を逆手に取られたのが、2話目だろう。
 他にも「見えざる男」のトリックなど、先入観を使った見事な仕掛けがこの本には詰まっている。

 推理小説という形式と、チェスタトン独特の持って回った言い回しなど、少し古臭く、たまに読みにくさを感じるかもしれない。だが、それを補っても余りある爽快さをこの本は有している。
 
 神父は犯人を警察に突き出したりはしない。ただ、話をするだけだ。そして、そこにこそブラウン神父の真髄が詰まっているように思う。
 ホームズが嫌いな人はぜひお勧めしたい推理小説

読書

わが良き狼 (角川文庫 緑 305-4)わが良き狼 (角川文庫 緑 305-4)
(2000)
筒井 康隆

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 筒井さんの作品に関して僕が語ることは何も無い。筒井作品は言及したり評論したりするものではなく、げらげら笑い、たまに挿入される濃密な濡れ場にむはむは興奮していれば良い作品なのだ。

 今作もバラエティに富んだ作品が収録されている。個人的に一番好きだったのは、やはり表題作の「わが良き狼」だろう。ルピナス・キッドの物語をベースに、故郷に帰ってきたキッドの話が展開される。
 老けたキッドの仲間達は、今も記憶の中で生きている。僕達読者はどうしても若いキッドやルー・ラビッドを頭の中に想像してしまい、ちらりと覘くシワの描写などから現実に気づかされ、どきりとする。
 記憶を共有していても牙を失った仲間達に老いを見たキッドは、最後にウルフに会いに行く。ウルフは盲目となっていたが、今も変わらずごろつきをやっていた。二人の邂逅と、ラストに去るキッドを追いかけながら、「キッド!」と呼びかけるウルフのイメージは夕日を背にしていて、こういうタイプの話は常套だとはいえ、うる、ときてしまうのだ。
 
 ノスタルジーからコメディまで、いつものテンポで書き分ける。そしていつものように、どれも面白い。
 いつものように、僕はまた筒井作品を探しに古本屋に出かけるのだろう。

読書

クロへの長い道 (講談社文庫)クロへの長い道 (講談社文庫)
(2003/02)
二階堂 黎人

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 ミステリ作家、二階堂 黎人の本。僕はあまりミステリは読まないのだけど、あんまり食わず嫌いは良くないと思い、借りてみた。

 短編集という形式を取っているが、世界観と登場人物は同じ。6歳の幼稚園児のしんちゃんが主人公。ダンディな警察官である父親と、赤いスポーツカーを乗り回す美人な母とともに、起こる事件を解決していくシリーズ。
 表題作「クロへの長い道」はなかなかに面白いトリックだったが、ちょっと読者をバカにしている気がしたのは僕だけだろうか。その他は普通。
  
 6歳児でありながら、ハードボイルドな話し方をするギャップ。また、その話し方で他の幼稚園児と話したり、たわいもない思考を行うギャップが作者の狙い、なのはよく分かるのだが、どうも僕には空回りしているように思えてしまった。ていうか、出来の悪いコナンじゃないか。
 父と母の設定などは、中途半端な赤川次郎を読んでいるよう。どうも全体的に中途半端感は否めなかった。
 ちょうど同時にチェスタトンのブラウン神父を読んでたせいもあるだろうが、僕はそんなに楽しめなかった。下手なことをせずに、幼児言葉で話を進めたほうがもっと面白かったと思うのに。

読書

終着駅終着駅
(1984/07)
結城 昌治

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EQMMコンテストで一席入選の経験を持つ結城昌治の本。

 終戦後まもない頃。防空壕で生活していたウニ三という男が道端で死んだところから話は始まる。身寄りの無かったウニ三の遺影は、知り合いの手を渡り渡りし話が進んでいく。
 章ごとに語り手が変わり、また語り口も変えていく技術の高さはさすが。また遺影の行く先々で人が死んでいき、遺影の数がぽこぽこ増えていく様は、なんだか妙におかしくて。
 ウニ三達の遺影とともに話は一回りして、最終章でウニ三についての話が明かされる。また、最後に語り手が見た死後の世界は真実かそれとも夢なのか。ただ、死後の世界を個展の絵と絡めたり、なぜだかとてもしみじみと美しく、それでいて悲しさなどはあまり感じさせない不思議な感じを受けた。

 巧みな会話術を中心に話が作られているので、意外に読みやすく、描写に分量をそれほど割いているわけでないが、情景を想像しやすく、映像向けの作品だと思った。映画化されていてもなんら不思議には思わない。

 なんだろう。悲しいとか切ないとかそういうんじゃなくて。あと20年後にもう一度読んで見たいと思った本だった。 

 戦後の様子。人の情や非情。そんなものが遺影と一緒にぐるぐる回る。ぐるぐる回る。
 それは円環の線路を走る電車のよう。ぐるぐる回る。
 
 僕にもいつかは終着駅が訪れるのだろう。
 

読書

ちほう・の・じだい (ハヤカワ文庫JA)ちほう・の・じだい (ハヤカワ文庫JA)
(1997/09)
梶尾 真治

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 星、小松、筒井もろもろが偉大すぎて、なんか影日向に生きている印象を受けるが、梶尾真治もかなりに偉大なSF作家だと僕は思う。
 
 オマージュやパロディが多いと評されればそれまでなのだが、元の作品に敬意を表しつつ、かつ品のあり、梶尾色を失わない文章を書けるのは実はとても難しい。

 「トラファマドールを遠く離れて」は田中芳樹の「七都市物語」のパロディ。出だしの文体はそっくり・・・らしい(解説による)。「金角のひさご」は見て分かるように西遊記の金角のパロディ。こちらは吸い込むのはひょうたんではなく、冷蔵庫なのだが。

 身近なものや話から、奇想天外なストーリイを作り上げる。その巧みな技術はもはや技と言えるくらいだ。僕にもすこし分けて欲しいくらいだ。

読書

大人のための文章教室 (講談社現代新書)大人のための文章教室 (講談社現代新書)
(2004/10/19)
清水 義範

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 清水義範の書く、文章の書き方本。とはいえ、「文章読本」のように文学とは名文とは何か、を追求する本ではなく、生活の中で使う文章を綺麗に使えるようにしよう、という趣旨の本。
 
 パスティーシュの名手として有名な清水さんだから、ただの娯楽作家が何を書くかと侮ってはいけない。大家の文章から公用文書までを引き合いに出して、文章について書き語っていく。
 特に哲学者や研究家のあの読みにくい文章に関して、あれは一種の「訛り」だと表現したことはまさしくその通りだと僕も膝を打ち、読みやすい文章の美しさに改めて感動させられたのであった。

 読みやすい文章は難しく、読みにくい文章ほど実は書きやすい。そこの支配が出来るかがとても、難しい。自戒をこめて。

読書

輝く断片 (奇想コレクション)輝く断片 (奇想コレクション)
(2005/06/11)
シオドア・スタージョン

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 SFファンは知っている。ご存知スタージョンの短編集。

 スタージョンの文章は難解だとよく言われるが、いやまさにその通りで、分かりにくかったり、なんか文章の展開が飛んでたり、失礼ながら上手いのか下手なのかなんだかよく分からなかったりするんだけど、表題作「輝く断片」で見せる壮絶な描写に裏打ちされたホラーを創り出す力はさすが。
 なんか上手すぎて一周しちゃって凡人には理解しづらい領域に踏み込んでる気がしますね。褒めてるのか貶してるのかよくワカランや。

 「取替え子」や「ミドリザルとの情事」など、クスリとさせられるコメディタッチがあるかと思えば、「君微笑めば」や「ニュースの時間です」のようにSFとオカルトが若干混ざった作品もある。
 「君微笑めば」はいわゆるテレパスを先取りした作品だと思うと、スタージョンの見通し力と溢れる才能が見えてくる。

 様々なジャンルをいともたやすく、バラエティに富んだ文体で描く。宇宙に散らばった星星を見ているような気にさせられるこの作品集は、まさに「輝く断片」と呼ぶにふさわしい。
 作品しだいではなんだこれ、と思って本を閉じてしまう人もいるかも知れない。決して取っ付きやすい作家とは言えない。ただ、じっくり読み、次の作品を開くにつれ、徐々に引き込まれスタージョンの魅力から抜けられなくなってくる。ゆっくり、じっくりと読みたい作品。

読書

らも咄らも咄
(1991/12)
中島 らも

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 中島らもが書くオリジナルの落語をまとめた本。

 形式は落語という形を抑えているのだが、語り口やウイットのセンスなどはまさに中島らもだ、と分からせるのはさすが。文章でゲラゲラ笑えるのは筒井と中島らも他数人てとこだろう。
 
 この人の本を読むたびに、本当に惜しい人をなくしたと思う。そんなとこすら、とても中島さんらしいとも思うんだけど。

読書

ゴーストバスターズ―冒険小説ゴーストバスターズ―冒険小説
(1997/06)
高橋 源一郎

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高橋源一郎の長編小説

 えたいの知れない「ゴースト」を巡って、夢のように話が進んでいく。アメリカの荒野を行くブッチとサンダンス。俳諧のたびをするBASHOとSORA。ドンキホーテの娘に、スーパーマンのタカハシさん。ペンギン村もある。時空や空間を飛び越えて、「ゴースト」は存在する。

 「ゴースト」が何なのか結局明かされない。だが、それは常に「死」と共に在る。安直に行けば死と言う概念とも言える気がするけど、なんだか、違う。
 誰だったかな。誰かが高橋源一郎との対談の中で「ゴーストとはつまり「さようならギャングたち」でいう「ナイスなもの」なんでしょ」とか言っていたのだけど、納得できるような出来ないような。あれはもっと言葉に重点を置いてたから掴みやすかったけど、今度は生と死のような言葉なような真実と嘘だとか、なんか、よくわからない諸々のことを指しているように僕は思った。そんな漠然と曖昧模糊なもやっと、ぐもっとしているもの。ごーすと

 高橋源一郎の文章は軽くてポップなようでいて、とても上手く、重く、哀しみが見え隠れする。同時代の村上春樹と遠いようで実はとてもよく似ている。
 
 断章「ペンギン村に日は落ちて」では、ペンギン村の人々が死に取り憑かれていくが、その様が静かに、美しく描かれる。盗撮魔のスッパマンが教室で静かに息絶えているみどり先生を見てまた静かにバケツの上で膝を抱えて冷たくなる所では僕はもう、うわぁっ、となって、小説が書きたくなって、非才にちくしょうとつぶやいて、また本に戻ったのだった。

 ゴーストの正体は分からない。ただ、ゴーストは確かに存在する。存在する、ということから僕達は目を背けている。ゴーストは存在する。それを教えてくれる。
 ゴーストは

読書

現代日本の小説 (ちくまプリマー新書 71)現代日本の小説 (ちくまプリマー新書 71)
(2007/11)
尾崎 真理子

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日本の現代小説について書いてある本。固有名詞が多いので現代小説好きでないとさっぱり分からない可能性があるが、反面、現代小説が好きな人はなかなか楽しめるのではないだろうか。

 どうでもいいけど、川端康成、大江健三郎、村上春樹と、純日本的なものから戦後を経てグローバル化と社会の情勢に応じて文学は変容してきたわけで、今は書き手の増加やケータイ小説の参入など文学の裾野がもはや収拾ついてない時代。
 なんとなく、次は、回帰していわゆる「日本」の文学に戻っていくんじゃないかとふと思った

読書

天気の好い日は小説を書こう―ワセダ大学小説教室 (集英社文庫)天気の好い日は小説を書こう―ワセダ大学小説教室 (集英社文庫)
(2000/03)
三田 誠広

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「いちご同盟」であまりにも有名な三田先生が、ワセダ大学で教えた文芸講座をまとめた本。小説を創る上でとてもつかえる本だと聞いて、アマゾンで購入してみた。

 読んだ感想としては、結構タメになります。テクニックなど、やっぱり実際の作家の人が解説しているだけあって重みがある。実体験などもふまえてあるので、作家志望の人は読んで見て損は無い本でした。ちょっと(笑)がしつこいけど。

 ただ、人の作品の解説のときに、本当にそういう意味で書いてるのかな?と思うところもあった。文学の面白さはすなわちテクストの多様性なので、三田先生の読みと僕の読みは異なる。だから面白い。
 この本は非常に勉強になるけれど、というかこういう類の本全般に言えるのだけれど、盲目的に読んではいけない、そう思った。

読書

ホンキイ・トンク (1969年)ホンキイ・トンク (1969年)
(1969)
筒井 康隆

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 好きな作家は数知れずいるけれど、一番好きな作家は誰?と聞かれたら、やっぱり僕は筒井康隆と答えるだろう。
 膨大な知識量に裏打ちされたその技術は、様々な形式で、また切り口で作品を量産していく。天性か培った経験か、そのウイットセンスもとうてい追いかけれるものではない。また、作家業だけでなく、役者としてもよくテレビでその姿を見ることが出来、その多才さに僕達はもはやため息をつくしかない。思えば、演劇畑の人が文壇で活躍するはしりは筒井康隆だったのかもしれない。

 そんな彼の作品集「ホンキイ・トンク」 もうなんせ筒井さんの作品は星新一並に多いので、以前読んだことのある短編が違う本に収録されていることがある。この本も半分は読んだことのある短編が収録されていてビックリしてしまったがそれはそれで喜んで読んでしまうのはやはりファンだからだろうか。
 見事なのはやはり表題作「ホンキイトンク」 調子の狂ったピアノに合わせて歌う歌「ホンキイトンク」にかけて作られた作品(もっともホンキイトンクが実在する名称なのかは分からないのだが)。ちょっとしたロマンスや正確な機械である特性を逆手に利用した政治劇など、どこからこう鮮やかにプロットを組み立てれるものだか。そして僕は己の非才を呪ってため息をつく。
 
 筒井康隆に似た作家を僕は知らない。そんな作家は今までもいないだろうし、これからもいないだろう。僕はこれからどれだけ脚本や文章を書いても、筒井康隆を尊敬し、憧れ続けるだろう。そしていつか。

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