サイトマップ
読書とギターとブログと |2008年09月
FC2ブログ

Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

読書

百人の王様 わがまま王百人の王様 わがまま王
(1998/03)
原田 宗典

商品詳細を見る


この本は完全にジャケ買い。カバーに穴が開いていて、そこから本の表紙の文字と絵が見える構造になっている。オシャレな本って素敵ですね。

 内容は大人向けの童話と言う感じ。横柄で威張り屋の100人の王様が住んでいる星に旅人が来る話とか、ありがち、と言われればそれまで。決して斬新ではないし、一つ一つの言葉が星の王子様ほど澄んでいるとも、残念ながら思えなかった。だからこそ100円だったのだろう。

 けれど、こういう読みやすく、分かりやすく、書きたかったんだろうな、という本を読んでいると、なんだか全てを許して優しく微笑みながら本を撫でたくなるのは僕だけだろうか。
スポンサーサイト

読書

初級革命講座 飛龍伝 (角川文庫 (つ3-13))初級革命講座 飛龍伝 (角川文庫 (つ3-13))
(2008/07/25)
つか こうへい

商品詳細を見る


学生運動つながりでこの本。つかこうへいの作。

 優しいサヨク~が学生運動をまっただなかの内部から描いたのに対し、この作品の舞台は学生運動全盛期から20年くらいたった時代を中心とする。
 そこにいるのは、誇り高き血気盛んな戦士達ではなく、ショービジネスとした革命であり、後遺症で寝たきりになる機動隊達の姿だ。プロデューサーは視聴率のために人を殺させ、スターを創造する。寝転んで運動用の石を磨く内職を続けながら、伝説の石「飛龍」を過去の思い出に重ねて愛でる熊田は、卑怯と言った言葉を通り越して、滑稽、さもやどうしようもない、いとおしさすら覚えてしまう。
 
 つかこうへいの本なので人物と話がスピーディに動き回り、全体的にコミカルな印象を受けるがその一方、同時にやるせない哀切も覚えてしまう。

 最後に殴られ屋まで堕ち、殴られながら憑かれたかのように語る場面に関しては、凄みもさることながら、最後に一人語りで盛り上がらせる作品の構成作りがさすが戯曲家だなー、と思った。

読書

優しいサヨクのための嬉遊曲 (新潮文庫)優しいサヨクのための嬉遊曲 (新潮文庫)
(2001/07)
島田 雅彦

商品詳細を見る


 イケメン作家第二位の島田雅彦の芥川賞候補作。個人的には吉田修一よりカッコイイと思うがなぁ。

 時は80年代。学生運動盛んな真っ只中、主人公もサヨクのグループに所属している。だが、彼の頭の中は運動のことではなく、常に恋人のことで埋められている。その恋も計算して、まるで芝居のようにこなそうとする主人公。スポーツとしての学生運動と、演劇としての恋愛模様。若さが軽やかに進んでいく。
 
 小難しい言葉を唱える運動家であるつつも、頭の中は女のことしか考えていない、という構図をしっかりと描いたこの作品は、とても皮肉的でありながら、僕はなんだか共感が持てた。結局、いつの時代も学生なんてそんなもんであり、人なんてそんなもんである。
 そして、なにより、この作品で重要なのは島田さんの言語センスだろう。この作品は内容ともかく、もっとも優れているのは題名だと言っても過言ではなく、この左翼を「サヨク」と変換するセンスが秀逸。
 左翼が「サヨク」になることで、その重みと真実性が急に薄れ、なんとなくファッショナブルだが薄い、感じを持たせることが出来る。これが漢字だったら、この作品の印象はガラリと変わっていたことだろう。言葉は難しい
 島田雅彦の完成の良さを感じることができる作品だった。

読書

小説の精神 (叢書・ウニベルシタス)小説の精神 (叢書・ウニベルシタス)
(1990/04)
ミラン クンデラ

商品詳細を見る


 ミラン・クンデラによる文学についての本。

 昔、セルバンテスの時代は行動が人の精神を表すと思われていて、内面描写なんてほとんど無く、行動描写ばかりだったけれど、やがてそれは変化し、内面独白などが多くなっていった。文学は進化する。
 そんな西洋の文学技法を日本に伝えたのが二葉亭四迷。文語体から口語体にクラスチェンジを遂げた「日本文学」は、私小説などの段階を経て着実にレベルアップしてきた。文学は進化する。

 見た目からして読みにくそうな本の癖に、思ったよりも読みやすくて驚かされたというか助かった。発行が90年というのもあり、取り上げられている作家が全体的に古く、文学への考察は時代遅れ感が否めないが、それでも興味深い内容も多かった。

 部ごとの章の数の変化を音楽性に重ねてみるのも面白かったが、何よりカフカについて語った後に述べた言葉
 「小説は現実を探るのではなく、実存を探るのである」
 
 これは、まさに小説の、そして、文学の一つの真理を表していると僕は思った。
 
 一時期、特に村上春樹や村上龍の辺りはこんなカフカ的文学が多かったが、最近は減少しているように思う。そうして文学はまた新しい方向へゆらゆらと転がっていくのだろう。文学は、進化する。

読書

天の向こう側 (ハヤカワ文庫 SF ク 1-43)天の向こう側 (ハヤカワ文庫 SF ク 1-43)
(2007/02)
アーサー C.クラーク

商品詳細を見る


クラークの作品集。久しぶりにクラークを読んだ気がするが、思ったのが、絶対、星新一はクラークの影響を受けている、ということ。ちょっと毒の入ったテイストとか終わらせ方がよく似ていて、星さん好きとしてはなかなかに楽しめた一品だった。

 中篇からショートショートに近いくらい短いものまで様々な作品が収録されているが、まぁ、やはりヒューゴー賞短編部門受賞の「星」の完成度は見事としか言いようがないだろう。
 短い話なので内容の要約は省くが、宇宙と神を巧みに絡ませ、最後には僕達に衝撃的な事実が提示される。クラークがキリスト教徒なのか無神論者なのかは知らないけれど、少なくともキリスト教世界の人々は、僕以上に驚き、どよめき、空を見上げてちょっと考えたに違いない。

 こういうタイプのSFも日本の作家ではあまり見ないんだよなぁ。やはり、文化の違いなのだろうか。

読書

SF奇書天外 (Key Library)SF奇書天外 (Key Library)
(2007/08)
北原 尚彦

商品詳細を見る


SFに関する、様々な変わった本を紹介していく本。

僕達は普段、基本的に良い本にしか触れる機会はないのだが、これがまぁ、世には色々な本があるもので、常識とかを吹っ飛ばしたトンデモ本や、月刊ムーもかくやというオカルト本やら、もはや論外まで、色とりどり存在するようで。そして、そんな珍本は一部コレクターの間でひそかに人気になっているらしい。確かに、ある意味読んでみたい本ばかりであった。

 読んでいて、結構驚かされたのが、直木賞作家の胡桃沢耕史が別名でポルノ小説書いてたり、景山民生が幸福の科学の啓発本書いてたり、といった意外な事実。みんな苦労してるんですなぁ。

 個人的には、「醗酵人間」を読んで見たいと思った。こんなうさんくさいタイトルの本、なんだかわくわくしてきますね。
 僕はコレクションとしての古書には興味はないけれど、少しだけ、コレクターの気持ちが分かったような気がした一冊なのでした。

読書

ぐるぐるまわるすべり台ぐるぐるまわるすべり台
(2004/06/09)
中村 航

商品詳細を見る


 芥川賞候補にもなってた中村航の作品。この年の芥川賞は覚えてないけど、候補が発表されたときに、この題名の語感がなんだか気に入っていて、名前だけは長く覚えていたものである。
 余談だけど、こんなポップなカバーからして、絶対、文芸族だと思って裏を見てみたら、中村さんはやっぱり文芸賞を受賞してデビューしていた。「野ブタをプロデュース」といい、よくよく文芸賞は純文学とエンタメの中間色が好きなようである。

 大学を辞めて、塾講師のバイトに励む主人公。少し変わった生徒を教えながら、バンドのメンバーを集めていく、という感じ。アバウトな要約だ。
 冒頭に黄金率の話をしているのは、たぶん、長方形を分けたときの正方形が自分で、もう一つの黄金率長方形が、最後に出てくる新しいメンバー、という対応なのだろう。人工の白銀比ではなく、もっと美しい黄金比になるべき人間は別に在る、と言いたかったのか。

 で?

 と、僕は思ってしまった。
 自分が退いた理由や、それによって今後どう変化していくのかがまったく描かれていないし、そもそも大学を辞めた理由もよくわからない。まだ、太陽が眩しかったから、とでも書いてくれたほうがマシだ。
 主人公が教えるヨシモクという生徒が、時々パソコンみたいにフリーズする理由もよく分からない。最後、なんか夕日を見ながら綺麗にまとめたっぽくしているのもなんだかなぁ、と思ってしまった。

 分からないからイライラするのではなく、むしろ作者の意図が全力で空回りしている感がプンプンしてきて、僕は全体的に残念な印象を受けてしまった。題名に惹かれたギャップもあるのかもしれない。
 なんか、不完全燃焼のままぶすぶすくすぶっている灰のような小説だった。炎でも炭でもないのがもどかしいんだなぁ。

 あと、無駄に固有名詞が出されるロックバンドの名前とかも空回り感が否めなかった。
 中途半端にバンド名を出すなら、いっそ「青春デンデケデケデケ」くらい、分からなさが清清しいくらいにして欲しかった。

 どこもかしこも、むず痒くなるような作品だった

読書

SF魂 (新潮新書)SF魂 (新潮新書)
(2006/07/14)
小松 左京

商品詳細を見る


小松左京が、自分の半生とSFについて語る本。小松左京好きはぜひ読んでおこう。

 個人的に驚いたのは、「さよならジュピター」の映画のコンテを全部小松さんが描いたということ。若い頃にマンガを描かれていたのは知ってたけど、これは知らなかった。人間、何が役立つかわからんもんです。

読書

宇宙の戦士 (ハヤカワ文庫 SF (230))宇宙の戦士 (ハヤカワ文庫 SF (230))
(1979/09)
ロバート・A・ハインライン矢野 徹

商品詳細を見る


 これはもう、SF好きで知らなかったら完全にモグリですね。ヒューゴー賞とネビュラ賞ダブルクラウンの名作、ハインラインの宇宙の戦士。ガンダムとかのベースになったことでも有名ですね。

 そんな傑作を行きつけの古本屋の100円コーナーで発見して、憂うやら嬉しいやら。とりあえず小躍りしながら買ってきて読み通しました。

 読んでまず思ったのは、同じくヒューゴー賞かなんか取ってる「終わりなき戦い」に似てるな、という印象。しいて違う点をあげるなら、「宇宙の戦士」は敵がはっきりとしているけれど、「終わりなき戦い」の方は敵が最後までいまいちよく分からない。雪風と似ている所以です。
 そのほかの大まかな流れは、なんとなく軍に入った若者が、戦場を経験し、学び、昇進し、生死を肌で感じているうちに、身も心も立派な軍人になっていくという話。
 
 こういうハードSFは好きなんですが、読むたびに思うのは、日本人にはこういうタイプのものは書けないだろうな、という感覚。詳しく説明はできないけれども、結局、それは国が軍を持っているか持っていないか、という違いだろうな、と思う。自衛隊もたぶん厳しいのだろうけれど、それでもあの米国海軍的なしごきや教育方法は取っていないんじゃないだろうか。それを幸せと取るか不幸と取るかは人しだいだろうが。
 
 そして、その軍に関して。
 この作品が名作たらしめているのは、作中で述べられる軍のありかたなどが非常にしっかりしているからなのだが、同時にそれは偏りすぎている感も覚えた。ちょうどこの本がベトナム戦争時に出たことを考えると、ハインラインとアシモフが喧嘩したのも、この作品に賛否両論でたのも頷ける。今だから僕はこれを楽しめるが、戦時中に民間人として読んだら、これを僕は受け入れるだろうか、ふと、そう思った。
  
 ただ、もし戦争が起きて、僕が軍人として読んだら、間違いなく闘志が湧き、銃を堅く握り締めるだろう。いうなれば、そんな影響力をももちうる名作であった。
 

読書

きまぐれ博物誌 (1971年)きまぐれ博物誌 (1971年)
(1971)
星 新一

商品詳細を見る


 星新一の珍しいエッセイ集。あの分かりやすくて軽妙な文体を操る星さんが、どんなエッセイを書くのかと思って読んで見たのだが、これが意外や意外。どっちかというと、読みにくいのだ。
 
 決して分かりにくいのではない。読みにくい。別に作者が小説とエッセイを書き分けているわけではなく、いつも通りの簡易な語句や言い回しを使ってあるのだが、そう。いつも通り、分かりやすすぎるのだ。
 小説では分かりやすさは面白さにつながる。だがエッセイでの分かりやすさは作者の思いや思考がもろに向かってくることを意味する。
 特に星さんの場合、作風からも見えるように、結構どぎつい思考の持ち主なため、時々やばいんじゃね?と思いたくなるくらいの内容があったりする。それでも石を投げられたりしないのはSF作家の特権なのか悲哀なのか。
 読んでいると、大柄で優しそうな星さんの顔が見えてくる。そして、笑っていても、目の奥底は冷ややかな光がついと輝いているのも見えてくるようだ。

 そんな過激さを秘めながら、身の回りのこと、将来のこと、作品のこと、様々なことについて綴っている。
 星さんの作品の作り方の部分はとても勉強になったが、個人的に面白かったのは、コンピューターについてだった。内容から察するに、当時のコンピューターは巨大で、実用なんてトンデモナイ時期だったようだ。星さんはコンピューターの反乱や、頼りきった人間の怖さを書いているのだが、この今の時代。星さんが見たら、どう思うのだろうか。喜ぶのか悲しむのか、それとも。僕には、シニカルに微笑む、星さんの顔が浮かんだような気がした。

読書

見えない都市 (河出文庫)見えない都市 (河出文庫)
(2003/07)
イタロ カルヴィーノ

商品詳細を見る


カルヴィーノの本。マルコ・ポーロがフビライ汗に不思議な町の話をしていく。

 短い断章ごとにたくさんの町の話を語っていく形は、なんとなくラピュタやフウイヌムの国を旅するガリバーの姿を彷彿とさせるが、なんか違うなー、と。
 と、考えてたら、むしろボルヘスかな、と

 断章の使い方と、摩訶不思議さが似てる気がして、個人的にとても納得したのでした。

 あ、面白かったですよ。あまりにも章が多いのでちょっとだけ飽きたけど。

読書

動物寓話集 他 (バルザック幻想・怪奇小説選集 5)動物寓話集 他 (バルザック幻想・怪奇小説選集 5)
(2007/10)
オノレ・ド・バルザック

商品詳細を見る


 みんなご存知、フランスの名作家、バルザックの動物寓話集。

 バルザックみたいに見栄っ張りで洒落た作家は大好きなので、むしろ自分が読んで無かったことに驚きなのだが、バルザックの本って、批評本とかはあるのだが、意外に小説そのものはあまり置いてない気がするのは僕だけだろうか。

 さて。動物寓話集ということで、全てにおいて動物が主人公の話なのだが、彼らは巧みに擬人化されていて、たまにわけがわからなくなるときもある。なぜわざわざこんな形式を取っかというと、これは読めばすぐにわかるのだが、この小説は見事な、そして痛烈な風刺小説である。
 イギリス猫とフランス猫をそれぞれの国の人間に見立ててみたりと、割と分かりやすいというか、どぎついというか。そんな小説。

 好きな人は好きだと思うし、実際、風刺小説としてとても良く出来た小説だった。ただ、個人的に残念だったのは、擬人化が利きすぎてて時々こんがらがることと、何より、僕は当時のお国事情を知らないので、風刺の元ネタが分からない、というのが一番残念だった。これではせっかくの見事な小説も面白さが半減してしまう。いやはや無知は罪なり。

読書

S-Fマガジン・セレクション〈1983〉(ハヤカワ文庫―JA)S-Fマガジン・セレクション〈1983〉(ハヤカワ文庫―JA)
(1984/06/30)
早川書房

商品詳細を見る


 1983年にSFマガジンに連載された名作を集めた本。お得感あふれる本。様々な作家の違いが見れてバラエティに富んでいて面白かった。

 個人的には、栗本薫の「さらしなにっき」がとても印象に残った。
 栗本さんは、もうグイン・サーガの印象がどうしても強くて、ああいった幻想タイプというかファンタジー系の方だと思っていたのだが、なかなかどうして。ノスタルジーと、その裏に潜むふっとした怖さを書き分けていて、しかもこの作品は突き詰めれば時代性とかそういったものにも言及できる要素を持っていて、とにかく、こういうのが僕は大好きなわけですよ。
 

読書

1000の小説とバックベアード1000の小説とバックベアード
(2007/03)
佐藤 友哉

商品詳細を見る


 文学をパソコンのOSのようなものだと考えてみよう。初めてウインドウズを考え出したのは二葉亭四迷だった。文語体から口語体へ。それは衝撃的な変化であり、その瞬間に僕達の知っている「文学」は生まれた。
 けれどもそれは、今僕達が使っているOSではない。ウィンドウズ95がもはや化石みたいに感じるように、今の文学からすると当時の文学なんて化石だ。アンモナイトだ。
 けれど、そこからだんだん、ゆっくりとバージョンアップしてきて、それが第三の新人だったり太陽族だったり、どんどん進化して、今になった。綿矢りさや金原ひとみで何かが変わるかと思ったけど、思ったほど変わらなかったりした。まるでvistaのように。

 この小説。ライトノベル畑の佐藤友哉が三島賞を受賞して、一時期話題になった作品だ。桜庭さんが直木賞を取った今ではそんなに珍しくもないけれど。
 それで、第一章が群像かなんかに載って、とても面白かった記憶があったので見つけて読んでみた。やられた。今度買おうと思った

 最近の文学は確かに、だんだんバージョンアップとかしているけれど、結局ウィンドウズだよね、と思ってしまう。meとかxpとか、目先でごまかされてる。でも、そうじゃないよ、って僕は言いたい。それはヌルい。
 根本的に新しいOSを開発しようと、なぜ思わないのか、って僕は思う。高橋源一郎も似たこと言ってる。たぶん作者も同じ。
 
 この作者は本が好きで、文学が好きで。そんな思いがひしと伝わってくる作品で。これは今の文学の終焉宣言であり、同時に新しい文学の誕生を誓う本だ。
 
 小説の中で「日本文学」という男は死んでいる。それは一見、文学への批判であり、死亡宣告のように見える。だが、「日本文学」が死んだのなら、自分が新しい「日本文学」になれば良い。
 その時にもはや古い文学は許されない。文学に、言葉に限界が来ている。飽和状態だ。新しいOSが今、必要なのだ。そうしないと、日本経済のようにいつか日本文学は崩壊するだろう。
 だが、二葉亭四迷の苦労を遠く感じて、その上で、僕は作者と共に信じたい。
 
 文学は、進化する。

 

読書

きれぎれ (文春文庫)きれぎれ (文春文庫)
(2004/04/07)
町田 康

商品詳細を見る


 町田康の芥川賞作。
 
 町田さんの作品を読むと、いつも言葉の渦の中に巻き込まれ、揉まれ、突然ぽいっ、と吐き出される。そんな感じがする。
 それはロックだ。反抗の音楽だ。決してフォークでもポップスでもない。しかもロックといってもハードロック。ギターを大音量のマーシャルアンプでガンガン鳴らし、頭を振りながらドラムスを叩き、ボーカル町田康は僕達に向かって反体制の拳を高々と振り上げる。そんな気がする。嗚呼、ディープパープルの時代よ再び。
 中島らもや中原昌也にどことなく近さを感じるのは、その音楽っぽさにあるのかもしれない。

 町田さんの作品を語るのは難しい。基本、ダメなオレの話で、時空や空間を簡単に超え、またそのオレのダメっぽさが真に迫っているものがあるから、まさか私小説!?とか思ったりもしてしまう。オレは最初から最後まで、徹頭徹尾変わったりしない。基本、ダメダメのまま。葛藤とかナニソレ、って感じ。けれどそんな主人公の姿は昨今のニート文学にあるような煩悶とかウェルテルかくやという苦悩などこれっぽっちもなく、ひどい生活をしているのに、どこかに突き抜けたような明るさがある。ひどくてひどくてひどいんだけど、まぁ、とりあえず、エレキに合わせて頭振ろうぜ、って。振って、振って、振って、振って振って振って。飛び散る汗。激しいギターソロ。高鳴り高鳴り。みんなジャンプ。ジャンプ。スネアへ一振り。そして音楽と物語は唐突に切れ、僕達は恍惚から突然の現実に引き戻される。

 ま、そんな小説。

読書

駆ける少年 (文春文庫)駆ける少年 (文春文庫)
(1995/05)
鷺沢 萠

商品詳細を見る


鷺沢 萠の作品集。同姓同名の武将が戦国ランスにいた気がするのは、気のせいだろうw

 3作が収録されていて、泉鏡花文学賞を受賞しているのだが、僕は正直、そこまで良い本とは思えなかった。
 特に1作目の「銀河の町」は、うらびれた飲み屋のお婆さんの話だが、なぜだか、とても薄っぺらい気がして、初出を見てみたら、作者が19歳の時の作品だった。こういう酒について語るには、まだ、時間が必要だろう。

 それなりに上手い。上手いんだけれども、なんだか、僕にはそれが小手先の上手さに感じられてしょうがなかった

読書

吉里吉里人 (1981年)吉里吉里人 (1981年)
(1981/08)
井上 ひさし

商品詳細を見る


 井上ひさしの代表的作品。日本SF大賞も取ってます。とにかく、長かった。全834ページ。もはや辞書かと見まごう厚さで、こんな本をじっくり読めるのは学生の特権だろうな、と幸せを噛み締める。

 ある日、東北の吉里吉里村が吉里吉里国として独立する。住人達は東北弁ともいえる吉里吉里語を使い、自らの存在を強くアピールする。
 発狂か、はたまたお遊びか。軽く片が付くと思っていた日本政府だが、吉里吉里国は金本位制度や全世界でも最高峰の医療システムなど、様々な切り札を使って日本の圧迫に対抗していく。

 そこにあるのは「信頼」に裏打ちされた国だ。まやかしの貨幣。得体の知れない食べ物。信用の置けない様々なサービス。そんな、吹けば飛ぶような、アグラをかいた国ではなく、まず、信用と信頼ありきの国がそこにある。
 それに対して、最終的に日本政府や他国は、物理的な「力」をもって吉里吉里国を制圧にかかる。その姿がとても皮肉で、まさに今の政府を正確に表現していて、僕が見たくなかった、いや、見ようともしていなかった現実に反吐が出そうになった。

 完璧な構成。綿密な調査。膨大な考察。それらに支えられたこの本は、見た目の分厚さだけでなく、本物の内容の厚みを持っている。自衛隊と言うものの不自然さ。法の穴。性の解放に政治方式。何よりも井上ひさしの十八番である、「ことば」については、とても面白く思った。僕達が標準語だと思っている方言と、僕達が方言だと思っている標準語。その対比が上手く利いていて、時々そら恐ろしくもなる。

 ユートピア小説といってしまえばそれまでかもしれない。だが、小説として面白く、今の日本への考察として興味深く、トマスモアなどへのオマージュなど小ネタの利いた本として微笑ましく、あらゆる角度から申し分のない、美しい本であった。

 学生と政治家はこういう本を読めば良いと思う。

読書

高円寺純情商店街本日開店高円寺純情商店街本日開店
(1990/04)
ねじめ 正一

商品詳細を見る


 子供を描かせて、ねじめ正一と宮本輝の右に出るものはいないと思う。そのねじめ正一の代表作、「高円寺純情商店街」の第二作目

 こういう作品に文体論だとか浅薄な批評をするのはお門違いだろう。
 ここにあるのは、懐かしさだとか、それこそ純情だとか、もう僕達のは煤にまみれてしまったようなものがキラキラと輝いている世界だ。それは僕が経験したことの無いノスタルジーなのだが、なぜだが、ひどく、見覚えのある気がしてしまう。
 夢を追ってみたり、祖母が死んだり。当たり前のことを美しく描く。なんというか、もう、上手いとしか言いようが無い。

 時々電車に乗って、高円寺を通り過ぎる。そのたびに、正一少年の影がふっ、と横切るのだ。

読書

ジャイアンツは負けない (角川文庫 緑 422-3)ジャイアンツは負けない (角川文庫 緑 422-3)
(1979/03)
つか こうへい

商品詳細を見る


 ご存知、つかこうへいの小説。長嶋が引退して監督をするまでの「つなぎ」の監督として劇作家のつかこうへいが頼まれる、というメタ的な作品。
 だがこの作品の面白いのはそんな所ではなくて、ノックも出来ない監督が勝てばそしられ、負ければなじられ、開き直ったり、ベンチでホットドッグ売ったり、パリーグ連合軍に喧嘩売ったりする所もメタメタ面白いのだが、この作品、何より、痛烈なジャイアンツへの皮肉作品なのだ。あ、ちなみに、僕はジャイアンツ愛に溢れています。
 
 フロントの強引な手や、異常とも言える長嶋・王への賛美、信仰。監督が間違えて王に代打を送ったシーンでは、審判が腰を抜かすほどという描きっぷり。僕は口の端に笑みを浮かべて読んでいたが、ふと、もしかしたら当時は本当にこんなものだったのかもしれない、と思って、少し怖くもなった。 
 
 そこには、常勝軍団とスター達に狂喜する人々への、少し、冷めた目線が確かにあった。実際、何かがおかしかったのかもしれない。長嶋、王は決して神ではない。

 だが、同時に僕は思う。そんなスターがいなくなった今、やっぱりなんだか物足りなさを感じている自分がいる。あんまり打てなくても、僕は清原の三振が好きだったし、打たれても、桑田のフォームが好きだった。がんばれ松井
 ジャイアンツは負けない。その使命を帯びて、スター達は戦っている。それには賛否あるだろう。けれども、僕達がジャイアンツを愛するのは、負けないからではなく、そこに、本物のスターがいるからなのだ。

 

読書

ハル、ハル、ハルハル、ハル、ハル
(2007/07)
古川 日出男

商品詳細を見る


古川日出男の作品集。

 表題の「ハル、ハル、ハル」では、母親に捨てられた兄弟のうち、兄が弟を殺し、見知らぬ女の子とタクシージャックしてはてまて運転手と三人でコンビニ強盗に向かう話。要約すればそんな、話。ロードムービーを見ているような気にさせられる。

 この作品を支えているのは、疾走感とパワフルさだ。
 文章は限りなく細分化され、無駄な描写を省き、三人称と一人称が交錯する作風は、登場人物と共にタクシーにのって頬を滑る風を受けながら爆走しているような錯覚すら引き起こす。見え隠れする一人称から沸き立つ生々しさは、若さと生を目いっぱい主張している力強さを感じさせる。

 そして、思う

 これは、小説なのか、詩、なのかって。

 高橋源一郎の「さようならギャングたち」も似た感覚を味わったのだけれど、とても視覚性を大事にしている小説で、よっぽど詩としても通じるんじゃないかと思う作品だったんだけど。さて

 小説、って、なんだろうか

神を見た犬 (光文社古典新訳文庫 Aフ 2-1)神を見た犬 (光文社古典新訳文庫 Aフ 2-1)
(2007/04/12)
ブッツァーティ

商品詳細を見る


 独特のジャケット。光文社シリーズ。今回はブッツァーティの短編集。ブッツァーティはイタリアの作家で、幻想文学の名手。世界的にも有名な凄腕作家である、らしい。申し訳ない、僕も知らなかった。浅学を恥じよう。

 読んでみて、驚かされた。聖人や神があたりまえのように在る世界観は特殊なものではないけれど、なんだろう。とても、今までに無い小説を読んだ気がした。
 そこには、キリスト教世界観に包まれた、絶対的な温かみがある。けれども、それを覆い隠し、食い尽くすくらいの恐怖と絶望が黒々と広がっている。ひょっとしたら、神の存在すら痛烈な皮肉として書いているのでは、と疑いたくなる時すらある。

 しいて言うなら、そう。星新一にキリスト教観と絶望を少々多めに振りかけてみたら近くなるだろうか。鋭く、どぎついほどの社会を見通す力がひし、と伝わってくる作品。やっぱ世界的なだけはありますね。

 決して特異なことをしているわけでもなく、むしろ見慣れた作風に見えがちだが、僕は、今まで読んだどの作品にも無かった、厚みと、極彩色のイメージをそこに感じたのである。

読書

塀の中の懲りない面々 (新風舎文庫)塀の中の懲りない面々 (新風舎文庫)
(2004/04)
安部 譲二

商品詳細を見る


 元囚人作家として有名な安部譲二のデビュー作

 刑務所での経験を生かし、というか、刑務所で見聞きし出会った様々な人について語ってある本。
 何も知らない人間として、刑務所って質素で規律のある旅館程度に思っていたけれど、はるかに厳しいところのようだ。当然のことだけど。悪いことは、しないでおこう。
 面白い人や、変わった人について書いていて、文章は、飛びぬけて上手いと言うわけではないけれど、その一語一語から作者の実直さが伝わってくるような、優しい文章だった。
 最近は純文学ばかりだったせいか、特に、そう思う。飾り気の無い文章は時に、それ自体がなによりも勝る武器となる。

 ど真ん中の直球をミットで受けた、そんな、気持ちの良い小説だった。

読書

火星人ゴーホーム (ハヤカワ文庫 SF 213)火星人ゴーホーム (ハヤカワ文庫 SF 213)
(1976/11)
フレドリック・ブラウン

商品詳細を見る


 SF界の奇才、フレドリック・ブラウンの名作。
 
 地球に火星人がやってくる。火星人と戦争をするわけではない。だが、友好関係を結ぶわけでもない。ただ、火星人は地球人をバカにし、挑発し続けては姿を消す。
 こんな突飛な設定で話を構築させるところで、まず、僕はさすがだなぁ、と思ってしまう。
 
 火星人の挑発によって起こりうる災害。例えば、生放送をぶちこわしにされるテレビ局などは潰れるだとか、運転の邪魔をされて起こる事故だとか、そうしたディテールまで見事に想像し、描写されていて、そこには光線銃や、銀色に輝く流線型の宇宙船などは出てこないけれども、予想も付かなかった「SF]がそこにあるのだった。

 この作品の凄さは、そうした奇抜さに支えられているのではない。それらはむしろ外郭であり、骨組みが、核がすばらしい。
 主人公はSF作家であり、彼が火星人についての小説を書こうとしたときに火星人はやってくる。もしかしたら、火星人は彼が、彼の想像が作り出したものかもしれない。そんな考えが湧き上がる。
 肯定も否定も出来ない可能性。そして火星人が消えるときも様々な可能性が同時に存在している。答えの無い可能性は僕達に自由な解答を用意する。どれも正しく、間違っている。だから、面白い。

 最後にブラウンは、もう、奇才としか言いようの無い見事な、とても見事な1ページを待たせているのだが、ここでそれを語る無粋なマネはやめておこう。
 SF好きならば必読の一冊。

 

読書

三島由紀夫とアンドレ・マルロー三島由紀夫とアンドレ・マルロー
(2008/06/24)
宮下 隆二

商品詳細を見る


 こんな本を読んでおいてなんだが、僕は三島やマルローをそんなに好きではない。というか、ほとんど読んだことがない。なんというか、タイトルとジャケ借り。
 
 読み進めていく上で、何より好感が持てたのは、とても読みやすい、分かりやすい。こういう本にありがちな難解で、専門用語頻発、みたいな本ではなく、最後まで読んでやろうじゃないかと思わせてくれる素敵な本だった。

 とりあえず、三島は戦時の亡霊に若干取り付かれていた節はやっぱり否めなくて、末期の三島は素人目に見ても少し痛々しい節はあるのだが、それでも三島を三島たりえていたのは、やはり彼が軍人でも政治家でもなく、作家であったことではないだろうか、と思い、それが彼の良さで、同時に限界だったのかもしれない、とふと思った。

 ただ、彼が死の少し前に述べた言葉は僕達の心に鋭く突き刺さる。
「日本はなくなってその代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済大国が極東の一角に残るのであろう」

 この言葉は、三島亡き今の日本を正確に表現していて、僕はぞっ、とした。彼の行動が正しかったか間違っていたかなんて分からないけれど、少しだけ、「日本」はどこに言ったのだろう、と柄にも無くつぶやいてみた

読書

犬婿入り (講談社文庫)犬婿入り (講談社文庫)
(1998/10)
多和田 葉子

商品詳細を見る


 多和田 葉子の芥川賞作。最初は、蛇に嫁ぐ娘とかの民話をベースにしたような話かな、と勝手に思っていたのだが全然違い、良い意味で驚かされた。

 ちょっと変な女の人の所に、ちょっと変な男の人が居座る。男の人は嗅覚に優れ、まるで犬のようなのだが、そこは明記されていない。
 思えば、かなり謎の多い話である。「電報を見ましたか」と言って男はくるけれど、結局、電報とは何なのか分からぬまま話は終わる。男と犬との接点や、その意味合いについてもよく分からぬまま話は終わる。
 しいて可能性を述べるならば、動物の嗅覚あたりが鍵かな、とも思うけど、よく分かんないや。
 ただ、川上さんを思い起こさせるような、独特な語感。特に体言止めの上手い使い方もあって、不思議な感じを体に受けながら読むことが出来た。

Extra

プロフィール

scapa

Author:scapa
FC2ブログへようこそ!

最近の記事

フリーエリア

フリーエリア

フリーエリア

ブログ内検索

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。