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読んだ本のこととか、書いていきます

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読書

2009 - 11/16 [Mon] - 20:54

セックスボランティア (新潮文庫)セックスボランティア (新潮文庫)
(2006/10)
河合 香織

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性に関する規制が最近急激に強まっている。アダルトゲームは規制され、サンタフェは廃棄の危機にあり、篠山さんは公然猥褻で捕まえられる。
 「それ」がタブーになったのがいつからか分からない。だが、最近の性に関する規制問題は、戦後の治安維持法を髣髴とさせる様相を見せているのは事実だ。

 健全な人間と同じように障害者にも性欲は存在する。むしろ、健常者と違ってスポーツやその他のことで容易に発散できないぶん、普通の人よりも強いのかもしれない。そうした点に関して僕達はとても無関心であり、何故だか忌避すらしてしまう。
 そうした障害者の性に関する問題について綴った本がこの本だ。
 
 この本に出てくる老人は、ためたお金で月に一度、障害者を受け入れてくれる風俗へ行く。いつもは酸素ボンベが欠かせないが、そのときに限り、酸素ボンベを外して事をなす。
 死の間際に誰に会いたいか、と聞かれて言った言葉は「ソープのキョウコさん」だった。

 それは忌むべきものではない。燃え盛る、生の証だ。酸素ボンベを外して苦しみながら事を行う彼の姿は、まるで苦行僧のようであり、神々しさすら覚える。
 昨今の性の規制は、生の規制だ。障害者からその権利を奪ってはいけないし、僕達が奪われてもいけない。自分達が動物であることを受け入れた上で、自分達と障害者達が何も変わらないことを考えれば、必然的に見えてくるものがあるはずだ。

読書

2009 - 10/24 [Sat] - 00:11

ウニバーサル・スタジオ (ハヤカワ文庫JA)ウニバーサル・スタジオ (ハヤカワ文庫JA)
(2007/08)
北野 勇作

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 こういうのあるから、SFって読んどかんといかんのよね。

「かめくん」」で有名な北野さんの本。全編においてかぎかっこが徹底的に排除され、まるで記述ではなく口述で話を聞いているような気がしてきます。
 そんな表現方法で描かれるのは、ウニバーサルスタジオという世界について。
 その内容。外観。スタッフからの視点。観点をくるくると変えて、徐々にウニバーサルスタジオというものを描き出し、時にグロテスクなその世界を、コミカルな文体で描くことでよりシュールな独特の世界が、眼前に開けてきます。
 その世界は、現行の大阪を煮詰めてできた濃い部分を抽出したような世界。そのセンスのバツグンの素晴らしさに、脱帽!

読書

2009 - 10/23 [Fri] - 00:35

エレンディラ (ちくま文庫)エレンディラ (ちくま文庫)
(1988/12)
ガブリエル ガルシア・マルケスG. ガルシア・マルケス

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 圧倒的な感動は、圧倒的な絶望にと繋がります。それに僕は耐えて、歯を食いしばっていかなければなりません。
 
 ノーベル賞作家、ガルシア・マルケスの綴る作品集。シュールという言葉でまとめてしまうには失礼なほどに、奥底見えぬ作品が揃っています。
 
 特に表題作でもある「エレンディラ」は中篇の傑作。尊大な祖母に奴隷のように従う美女エレンディラ。彼女が不注意で火事を起こしてしまってからは、その損害を償う為に、自らの体を使ってお金を稼がされるのです。
 
 マルケスの作品に連なるのは、「血」なのだと思います。努力やそんなものであがなうことのできない「血」。祖母から働かされたエレンディラもそのラストで強欲と自由を求めて走っていきます。その姿は彼女が恐れて忌んだ祖母の姿のよう。

 自分も文章を書いて始めて分かってくる凄さ。純文学とは暗く、分かりにくく、面白みの無いものではあるけれども、それ相応に権威を持ち、長く評価され続けるだけの理由は、確かにそこにあるのです。
 そしてその生半可な努力だとかそういうものではどうにもなりそうもない作品に触れてしまうと、心が砕けそうになるし、大声で泣き出したくもなります。
 でも、それを認めながら、一歩一歩努力していくしか僕には手立てがないのだし、僕に出きる方法で、ゆっくり足元を踏みしめて進んでいくしかないのだと思います。
 がんばろう
 
 

読書

2009 - 10/07 [Wed] - 01:09

むかし卓袱台があったころ (ちくま文庫)むかし卓袱台があったころ (ちくま文庫)
(2006/11)
久世 光彦

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 久世さんのエッセイ。久世さんはテレビで何度か見かけていたように思ったのですが、06年に亡くなられていたようです。知らなかった。
 子供の頃など、基本的に昔の思い出話に関する話が並びます。
 ノスタルジーというものは、人の心を等しく打つもので、僕は久世さんの少年時代を生きていないはずなのに、語られる昔をなぜだか懐かしく、切なく感じてしまうのです。
 特に父や母の思い出話にはもう、ああと叫んでしまいたくなる苦しささえ覚えてしまうのです。今なら少し分かる父の苦悩や苛立ちや愛情に、当時は反発し憎みすらしてしまうのは、息子の常なのでしょうか。
 今は亡き父の姿が脳裏にちらつき、少しだけ、泣きたくなりました。少しだけ、母の声が聞きたくなりました。

読書

2009 - 10/03 [Sat] - 06:43

素晴らしい日本野球 (新潮文庫)素晴らしい日本野球 (新潮文庫)
(1987/07)
小林 信彦

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ソロギタリストの押尾コータローさんのライブに行ってきました。さすがソギター。なんともすっきりしたステージが新鮮でした。
 途中まで少しギターの交換などで間が悪い感も無くは無かったけども、後半にがぜん盛り上がってきて、大満足して帰りました。やっぱり一人メンバー紹介は名人芸ですねー。
 僕も押尾さんのギターをコピーしているから思うのですが、あれだけミスが少なく、かつ丁寧に弾けるのはやっぱりさすがだと思います。まぁプロだと言われればそれまでだけど。
 しかし、ギター一本で通路を練り歩いて、すぐ近くで弾いてくれた時は、やっぱファンとしてどうしようかと思いましたw


 小林信彦先生のご本。これ、たぶん高橋源一郎がパロってますよね。
 外人の学者が日本について書いた論文、という体で、なのにその学者は日本に行った事がない、という設定。つまりその論文はトンデモなモノが出来上がるのである。
 まるでラーメンズのコントを見ているようなそんな気分。上質なユーモアと見るか、虚構のパロディと取るかは自由だが、どういう賛否があろうとも、とりあえず面白いから良いのだと思う。
 他にも、老人でハーレクイン・ロマンスをやった、ハーレクイン・オールドには笑わされた。同じことをやっているのに、なぜ登場人物が老人だと、雰囲気が出なくなってしまうのか。それはやはり若さや容姿や才能といったものが、結局選ばれた一握りの人間しか享受できないものだからだろう。一部の完璧超人がやるからハードボイルドになるのである。
 清水義範もそうだけど、文体模写が上手い作家は、たいてい面白いのである。


おまけ

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